冬へ

第142話 どんな顔して

今年の初雪となった、くるぶしくらいまでの積雪は、一夜明けた明るい日の下で早くも溶け始め、水っぽいザラメのようになっていた。


刺すような白い輝きに目を細めながら、アマリリスはおずおずと雪面に足跡を残していった。

初雪に年甲斐もなく興奮して、薄ぺらいネグリジェの上にショールを羽織っただけの格好で出てきてしまった。

だが、トワトワトの気まぐれな風は今日は南から吹き込み、いま時点ではさして寒さは感じなかった。


雪の白と溶岩の黒の対照が、荒々しさを際立たせている兜岩の偉容、枝の一本一本に白いファーを載せた森の木々、

見慣れた景色の新鮮な姿にキョロキョロしながら、微かに波の寄せる浜を、サンダルに載せた素足で歩いていった。


見上げれば、雪雲を浮かべた青空を背に、イルメンスルトネリコの梢が高くそびえていた。

雄壮な枝の集まるところ、何百年の風雪を経て灰色に変色し、融けた雪が黒い雨だれを描く幹の傍らに、

アマロックの姿は、今日は無かった。


「・・・・・」


そりゃそうだ。

アマロックだって、四六時中この木の側にいるわけがない。

なのにどこか、そう望みさえすれば、この木の前でアマロックに会えるような気がしていた。


新雪の薄いベールを透かして、大樹の根がおびただしい蛇のように這う地面を虚しく眺めた。


一方で、ホッとした気分でもあった。

昨日、あんな別れかたをした後で、どんな顔でアマロックに会えばいいのやら。



しばらくそこでぐずぐずしてから、アマリリスは臨海実験所に戻っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る