第141話 ヴァールボルガの夜

自然は時に不条理な残酷さで、長い年月をかけて築かれた生活を、一瞬にして奪い去る。

その一方で自然は、無謀な冒険者を鷹揚な寛大さで受け入れることもある。


これらはいずれも、人間の視点から自然の振る舞いに対して持たれる印象にすぎないが、

今回のアマリリスの奥地旅行は、後者の部類の偶然に支えられて成立したと言っていいだろう。


この夜、トワトワトの北西、大陸の極地周縁で発達した寒気団の腕がトワトワトに到達し、気温は一気に10度近く下がった。

天候が彼女の帰還を待ったわけもないが、これが1日でも早かったら、アマリリスはひとたまりもなく、白い魔境の彼方に連れ去られていたことだろう。


山間部では激しい吹雪となり、ヴィーヴルが舞い降りた雪渓も、魔族たちのコーラスが響き渡った谷も、今は新雪に覆い尽くされてる。

そこには、人影はもちろん、わずかな土着の獣を除いては、もはや地上を動くものの姿はなかった。



この旅行の間、アマリリスは数多くの魔族を目にした。


トワトワトには魔族が「うじゃうじゃ」いるという頭があったので、特に不思議にも思わなかったが、

異界における最高位消費者の地位を占める人型魔族の生息密度は、本来ごく稀薄である。


この後もアマリリスは異界に足を運び、今回よりもさらに奥地で魔族に遭遇することもあったが、

この時の高原ほど、種種雑多な魔族が高密度に寄り集まっていたことはなかった。


後になって知ったところでは、なかば伝説じみた魔族の謎のひとつとして、

かなり広域に生息する魔族が、不定期に集結する、「ヴァールボルガの夜」と呼ばれる現象がある。


誰が主催し、どういった方法でその開催が告知され、参加者の魔族は寄り集まって何をしているのか、まるで分かっていないが、

ひとつの仮説として、参加者が諸々の方法によって収集した情報を交換しているのだろう、と言われている。

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