第135話 それは疑いもない事実なのであって

「それじゃぁ・・・ここで。」


「おう。

お疲れさまでした。」


アマロックはアマリリスの顎先にそっと指を添えて上向かせ、彼女のふっくらとしたバラ色の唇の上に、唇を重ねてきた。


あーー、キスされた。


と、やけに冷静に認識している自分がいて、アマリリスはその自分に少しびっくりした。


そして、思い出した。

そう。三日前、出発する朝に、全く同じようにキスされたじゃない。


思い出してみればその記憶は、夢から目覚めれば、現実が現実であることが明らかなように、疑いもない事実で、

いったい今の今まで何があやふやだったのか、逆に不思議になってくるくらいだった。


けれどなおも不思議なのは、今も前回も、なぜ全く抵抗もなく、アマロックの接吻を受け入れていたのか、ということだった。



アマロックの指がおとがいを離れてアマリリスには見えない位置に移り、途端に彼女の心臓は激しくおののきはじめた。


このいたずらな、、なんて可愛いもんじゃない、

禍々しい刃を隠した魔物の右手は、次はどんな大それた悪事を働こうというのか。


息苦しくなって、胸に手を当てた。

ふかっとしたジャコウウシの毛織りの下に、うしろめたいような柔らかな感触がして、不安と同時に恐ろしくなった。

このあと、アマロックは、何を?


ひょっとして、あの時既に、、、?


やっぱり何も思い出せない。



一昨日、アマロックの手で素肌を撫でられた感触が蘇ってきて、その感触に全身を包まれるような、あろうことか自らそれを待ち望んでいるような錯覚におそわれた。


不安と動悸がこれまでの人生で最高潮に達する中、アマロックの指は、アマリリスの首筋にかかった一房の髪を絡めるように撫で、あっさりと唇も離れていった。


・・・そりゃそうだ、

いくらなんでも、そんなコト。

我ながら、何てまぁ、ふしだらな考えをしたものだ。

けど、、


ホッとすると同時に、どこかすがるような思いで、アマリリスはアマロックを見上げた。

魔族の目。

心の読めない、金色の目。


この瞳にあたしは、、もどかしいような、怖いような、恥ずかしいようなこの思いは、

あたしの目を覗き込むこの金色の瞳に、どんなふうに映っているんだろう?


知りたい、聞いてみたい、と強く思った。

しかしアマロックの瞳の中に、手がかりになるようなものは何もなく、

やがて不意に、金色の瞳も視界から離れていった。


ハッと我に返ると、アマロックはイチイの茂みの向こうに去って行くところだった。

そのまま、振り返ることもなくなく行ってしまった。


アマリリスは、不意に身悶えし声を荒げそうになる羞恥に苛まれつつ、

どこか虚しい、寂しい気持ちに揺らぎながら、きびすを返して沢を下っていった。


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