あの山の向こう#4日目
第133話 巡礼者の稜線
アマロックが持ってきてくれた獣の肉で朝食を済ませ、すぐに出発した。
雲が出てきて、高山の峰には、生き物のように動く灰色の傘がかかっていた。
天気が崩れてこないか心配だったが、二人の足の運びは速く、行きはあれだけ苦労した道を、飛ぶように下っていった。
今日は灰色にくすんだ海が、みるみる近づいてくる。
この調子だったら、あと数時間のうちに麓に着けるだろう。
次第に、ダケカンバの大木が立ち並ぶ、馴染みぶかい景色が現れてきた。
天気のせいもあるだろうが、出発の日は鮮やかに彩られていた
風が吹けば落ち葉が滝のように降ってくる稜線を、早足で火照り気味の体には、むしろ心地よく感じる木枯らしに吹かれながら歩いていたとき、
何気なく沢の方に目をやったアマリリスは、ぎょっとして足を止めた。
すたすたと先に進んでいくアマロックに、足音を殺して駆け寄り、無言で手首を掴んだ。
アマロックは、とうに気付いていたのだろう。
しきりに沢の方を指さして口をぱくぱくさせるアマリリスに、不思議そうな顔を見せただけだった。
有無を言わさずアマロックを引っ張って、近くのハマナスの茂みに隠れた。
二人がいる尾根を下った小さな沢、直線距離で50メートルもないところを、7、8人の集団が歩いていた。
色鮮やかな民族衣装に、背中に山と積んだ荷物。
山の民だ。
尾根を下る二人とは逆に、集団は沢を遡ってくるところだった。
山へ? ・・・いや。
多分、帰るところなのだ。
遥か北方、年中雪と氷に支配された、彼らの故郷に。
オロクシュマのクジラ祭りで見かけたときは、陽気で、未開人らしい素朴な人たちという印象だったが、今はうって変わって静かに厳かだ。
過酷な野性に晒されて生きる彼らにとって、異界は、ある種の神聖な場所なのかもしれない。
どこか、聖地に赴く巡礼団のような雰囲気があった。
それでもこの時アマリリスの胸にあったのは、何としても彼らに見つかりたくない、という思いだった。
以前から、異界で人に出会うというのは、考えてみるだけでいやな気分だった。
ましてアマロックと一緒にいるところなんて。
それぐらいなら、魔族に取り囲まれて襲いかかってこられる場面を想像する方が、はるかに気が楽だった。
早くいなくなって、お願いだからこっちに気付かないで。。。
アマリリスはじっとりと汗ばんだ手で、おとなしく彼女に捕らわれているアマロックの手首を握りしめていた。
祈りが通じたか、山の民が二人に気付くことはなく、一団はそのまま通りすぎて行き、沢がカーブしているところで見えなくなった。
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