第130話 逢魔が刻#2

やがて3羽のヴィーヴルは、南側、アマリリスとアマロックが立っている斜面の頂に降り立って人の姿に変わり、

二人はまさしく、魔族の群れに囲まれた格好になった。


穏やかな状態にあったアマリリスの呼吸は、はげしい緊張と恐怖によって震えた。

あの魔族たちが、あたし達を引き裂こうと一斉に襲いかかって来たら。。。

アマロックは、助けてくれるだろうか?


あまり期待できない思いでアマロックの横顔を見上げ、そこに緊張や、敵対の色が見えないことに気づいた。


アフロジオンやサンスポットを見るときのように、自分にとって天敵でも捕食対象でもない、樹上のワタリガラスでも見上げるときのように、

その金色の瞳に浮かぶ色は、親しみの情も感じられないかわりに、闘争心や怒気を示唆するものではなかった。



北の稜線に立つ、ひときわ背が高く、まるで灯台のように見える魔族が、誰かを抱擁するように、大きく腕を広げた。

一呼吸あって、低く、肌がピリピリと泡立つような唸りが聞こえてきた。

遠方の船に信号を送る霧笛のように、音は次第に高い音域にまで広がり、大気全体を震わせる轟音となった。


大音量の基底音に混じって、複数の音階が聞こえる。


あるものは鳥がさえずるような音、あるいはアカシカが吠えるような音、そして喩えようもない複雑な構成の音が、

北の丘陵の一団からだけでなく、西の尾根からも、東のヴィーヴルからも、そしてアマリリスには見えない位置から発せられる音もあるようだ。


コーラスの中心軸である北の丘、塔の魔族が発する、広い音域を塗り固める単調な基底音が、

それらのメロディと共鳴し、それぞれを写しとるように変化していった。


何十種類もの音が混じりあった、大容量の音の固まりは、やがて音調はそのまま、次第にピッチを上げ始めた。

切れ目なく続く雷鳴のような爆音に、耳がひきちぎられ、音の持つエネルギーが世界を粉々に砕くのではないかと思ったとき、

音の重圧は、爆発のような衝撃を残して、どこかに飛び去っていった。


最後の瞬間、視界が白く反転したように感じ、音が止んでからもしばらく、遠雷のような響きが山々の間をこだましていた。


丘や稜線の上にいたはずの魔族の姿は、幻のようにかき消え、ひとつも見当たらなかった。


呆然とするアマリリスに、何事もなかったようにアマロックが声をかけた。


「さて、今夜の寝処を探すかい。」


再び二人っきりになり、アマリリスはアマロックの後について谷を下っていった。

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