第122話 太陽の最後の縁

池塘の間を縫って歩き、小高い丘の斜面にたどり着いたのは、ちょうど太陽の最後の縁が、山の背後に隠れる頃だった。

ワタスゲの繁る斜面にぽっかりと、ひとかかえくらいの楕円形の穴が開いている。


アマロックはクロテンが巣穴に潜るような滑らかさで中に入っていき、しばらくして片手だけにょきっと突き出してアマリリスを促した。


もうはっきりと物を考えることもおぼつかないアマリリスは、導かれるまま、ハンミョウに捕えられたルリタテハのように、ずるずると穴の中に引き込まれていった。


中は完全な真っ暗闇で、周囲の形も、自分がどんな体勢になっているのかも分からず、

導いてくれるアマロックの手にされるがままに運ばれていった。


「・・・ここ、何?」


穴の底で、アマロックの腕の間に横たえられ、アマリリスはささやき声で尋ねた。


「クマ穴。」


「クマぁ!?」


「冬眠用のね。」


「あ、なんーだ。冬眠、、」


そう言われてみると、確かに獣臭いような気がする。


「こんな狭い所に入って冬眠するの?」


「狭い方が暖かいんだろ。」


確かに。

凍え死にする心配は免れた。

しかし。。。


「どこか、行くんじゃなかったの?」


「今日はやめとくよ。」



どうして?

大丈夫だから、遠慮なく行ってくれば?


色々な言葉が口元まで出かかったが、どうしても言えなかった。


どれだけ目を凝らしても全く何も見えない闇、耳を澄ませても何の音もしない静寂というのは、逆におちつかない。

次第に、自分の体まで闇に溶けて消えてしまったのではないかと思えてくる。

すぐ側にいてくれるはずのアマロックも、二人の体温が混じり合ってしまい、いるんだかいないんだか分からない。


これでアマロックが何か気まぐれを起こして、あたしを殺そうとしたら、

何も見えないから、アマロックの牙が喉を食い破るその瞬間まで、何もわからないに違いない。


実は気づかないうちにもう死んでいるんじゃないだろうか?

今日見たグナチアの母親のように、自分がいつ死んだのかも分かっていなくて。

こうして考えていることも、肉体を離れた魂が消えいる寸前の、意識の最後の残り火で。。。


寒さと魔族に怯えて過ごした昨夜以上に恐ろしく、気が狂いそうになった。



体のどこかが、そこだけゆっくりと脈を打っているような感覚があった。

リュートの一番低い弦を、触れるか触れないかの弓が震わせるような音階が、どこか遠くから聞こえてきた。


上下左右がぐるっと回る感じがして、手足があるべき場所に戻ってきた。

アマロックはアマリリスの肩のあたりを、心臓が2拍打つくらいのリズムで叩き、

歌を歌ってくれていた。


『そとの砂浜では こどもたちが遊んでいる

かわいらしい声 いとおしい仕草


松原の苫屋とまやで 私は夕餉ゆうげの支度をし

夫の帰りを待っている


ああ、何と豊かな生をけたろう

ああ、願わずにはいられない

こんな穏やかな日が続くようにと』


アマリリスは微笑んで、やっと瞼を閉じた。

地底の闇の底で、子守唄の2番がはじまる前に、ぐっすりと眠りに落ちていた。

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