あの山の向こう#3日目

第123話 雲の上の大地

目が覚めると、アマロックはいなかった。


相変わらず真っ暗で、目覚めたことに気付くのにも時間がかかった。

足元の方から、出口の光が見える。

光の方へ向かって、ずるずると体をずらしていった。


入って来たときは、どんどん下に潜っているものと思っていたが、トンネルは入り口からいったん下ったあと、また登りになっていたようだ。

途中で体の向きを変え、真っ白な光の、冷たい空気の中へ這い出ていった。



凍てつく大気に白い息を吐き、体にこびりついたクマの毛を払いながら、アマリリスは呆然と周囲を見回した。


雪、、、ではない、霜が下りたのだ。

ワタスゲの穂にも葉にも、オヒョウのまだ緑の葉にも、びっしりと細かな氷のベールがかかり、朝日を浴びて一面に輝いている。


危なかった。

外にいたら、この白銀の世界の一部になってしまうところだった。


霜の上を、誰か歩いた跡がある。

はじめ2本足で、途中から衣服を脱ぎ落とし、4つ足で。

雲ひとつない青空の下に純白の大地、まるで雲の上を歩くような感覚のなか、アマリリスは踏み跡を辿たどっていった。



透明な氷が張った池のほとりで、目指すものを見つけた。


草地の上で、3、4匹のタルバガンがもぞもぞ動いている。

百歩ほど離れた草かげに、白い大地との対照で、いっそう黒く見える獣の姿があった。

音を立てないように注意して、アマリリスはヤナギの灌木のかげに身をかがめた。


オオカミの姿のアマロックは、低く伏せた姿勢のまま、ゆっくりゆっくりと獲物に忍び寄ってゆく。


同じ獲物、同じ群れに属するオオカミであっても、意外と狩りのやり方は個々に違うようだ。


サンスポットは獲物に自分の姿を晒し続けて和ませ、油断を誘って仕留めるというやり方をとっていたが、

アマロックはこのままじりじりと距離を詰めていって、一気に襲いかかってけりをつける気なのか。


その忍耐強い動作は、見ているこちらがやきもきするくらいだった。


あと十数歩までにじり寄ったところで、不意に、アマロックがすっと前に出た。

途端に、全部のタルバガンが散り散りに走り出した。

十分な余裕の見える動きで、その一頭にアマロックが走り寄る。


あっけない勝負に見えた一幕は、意外な展開を見せた。


追い詰められたタルバガンが、くるりと身を翻し、アマロックに向かって激しく威嚇の息を吐いた。

鋭い門歯を剥き出し、背を弓なりにして、シューッ、というような音を立てる。


意外だったのはその事よりも、それを見てアマロックが、死の一撃を加えることをためらったことだ。

勇猛な牡鹿を苦もなく引きずり倒し、あの恐ろしいグナチアにも怯まなかったアマロックが、

絶体絶命の小動物に対して、数歩のところで足を止め、決死の威嚇いかくにしり込みさえ見せながら、攻めあぐねている。


まさか、アマロックの負けパターン?

と思ったとき、タルバガンは背を見せて逃げようとした。

そこにアマロックが飛びかかって、当初予想したとおりの結末を迎えた。



息絶えたタルバガンをくわえ、アマロックが踏み跡の上を戻ってきた。

アマリリスの姿を認めると一旦獲物を下ろし、人間の姿になった。


「おはよう。

朝メシにしようか。食欲はどうなった。」


「・・・食べる。

そのセキララな姿を何とかして。」


アマリリスは顔を背けながら、待望の食料を受け取った。

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