第117話 対抗者(但し欠陥性)#1

寄生種に食い尽くされようとしているグナチアの奥では、岩崖からいくつもの袋がぶら下がっていた。


無論、その一つ一つがグナチアの育児のうなのだが、また別の亜種のようだ。

蜘蛛のように長い脚で壁面にかじりつき、反り返って上下あべこべになった顔の背に、小麦袋くらいの育児嚢がぶら下がっている。


地べたにいるグナチアより、だいぶ小さい。

育児嚢に収まった胎児のサイズも、さっきの青い目の新生児はネコぐらい、赤い目の寄生胎児はもっとあったが、この亜種では、クマネズミくらいの大きさしかない。


袋の中には、寄生種らしい、赤みがかった体色の胎児も混ざっているが、

まだ、同腹の義兄弟を喰いはじめていない今の段階では、周囲の胎児よりもずっと小さい。

自由に歩き回れる分、わずかな栄養資源しか持ち合わせのない寄生種の産む卵は、青い目の基本種より小さいのだろう。


それでも、大きく垂れ下がった袋の中は胎児でぱんぱんで、今にも張り裂けそうだった。


成体のグナチアはものを食べない、とすれば、この母親が新たな栄養資源を獲得する道はなく、胎児たちはこれ以上成長できないことになる。

この先、どうするんだろう。



赤い目の寄生種のメスが1匹、岩壁を伝って歩き、近づいてきた。


地べたに座っている、太ったグナチアが幾らでもいるのに、何もこんな貧相な相手にまで、と思うが、

こういう、他人の生存資源を当てにして生きている生き物は、どんな僅かでも、利益があると見れば寄ってくる。


そう。

夏の間、アマリリスが森に行かなかったのは、オオカミたちがいないせいもあったが、

呆れるほどの探求能力でひとの生き血を嗅ぎ当て、群がってくる蚊やブヨに、心底うんざりさせられたからでもあった。


ひとから盗み取ることばかり考えている、卑しい虫けらの生存のために、

血を吸われるばかりか、体に痛痒まで残される理不尽に猛烈に腹が立った。


しかし今、蚊や蚋よりも遥かに重大な罪を行うこの寄生種に対して、もはや何だか嫌悪する気持ちになれなかった。



寄生種の腹から、赤黒い産卵管が伸びてきて、宙吊りのグナチアの育児嚢に触れた。


その瞬間、思いがけないことが起こった。


裏返しになったグナチアの顔が、カッと黄色い目を見開き、てんかんの発作のような、世にも恐ろしい叫び声を上げた。


寄生種の産卵管が触れたところから、育児嚢が上から下まで、音を立てて一直線に裂けた。

白濁した液体と共に、中にいた胎児が押し流されてきて、てんでに甲高い悲鳴をあげながら、ボトボトと地面に落下した。


まだ骨格も定まらない体を岩に打ち付け、あるいは上から落ちてきた兄弟の下敷きになって潰れた者も多かった。



アマリリス同様、卵を産みつけようとしていた寄生種の雌も、突然のことに呆然として、どうしていいか分からずにいる、そんな雰囲気だった。

産卵管の先から、グナチアの体内に産みつけられるはずだった、赤い、細長い卵がひとつ、ニュルリと出てきて、

地上にぶちまけられた羊水の中で、大混乱に陥っている胎児の群の上にポトリと落ちた。


しかしその後は何事もなかったように、相変わらず緩慢な動きで、寄生種はどこかへ歩き去っていった。

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