第116話 従属栄養者
嗚咽をこらえて息を整えると、胸を締めつける苦しさは、深いため息となって出ていった。
アマロックをおいて、さらに谷の奥に進んだ。
次第に左右の壁は高くなり、頭上からの光は頼りなくなってくる。
薄暗がりの中、所々に、大きなグナチアがうずくまっている。
一頭の前で、アマリリスは足を止めた。
ふくれあがった体の側面に、赤い瞳が浮き上がっていた。
しかし気になったのは、その瞳の色以上に、その胎児が、他とは何か違う挙動をしているように思えたからだった。
何してるんだろう?
まじまじと眺めてから、三たび、アマリリスは自分の理解の鈍さを呪った。
グナチアの胎児の、二つの赤い目を結んだ線よりやや下にある、髭の房のようなものが彼らの口器で、
それをバリカンのように動かし、歩行肢で捕まえた隣の胎児の頭をかじり取っているのだった。
正確には胎児ではないが、大半の、青い瞳の幼生は、人間がイメージする胎児のすがたそのままに、小さく身を縮め、じっと誕生の時を待っている。
ところがこの赤い目の幼生は、青い目の同胞にくらべ、明らかに大きく育っているだけでなく、
胴体には体節らしき構造が見分けられ、歩行肢を展開して動かし、羊膜に包まれた状態でありながら、既に生命活動を開始しているようだった。
そういう変種が、このひと腹の中に何匹か混じっている。
グナチア小山のような巨体に、向こう側から何かがよじ登ってきた。
小型のヤギくらいの大きさのその生物を、アマリリスはしげしげと眺めた。
カマキリのような胴体に、4・5対の長い脚。
舞踏劇の仮面のような、表情のない、小さな顔。
やはり何か言いたげに薄く口を開き、半ば閉じた瞼の間に、赤く光る瞳。
彼女の脚の下に横たわる、今は洗濯袋のような形に成り果てた生き物も、元々はこういう姿をしていたのだろう。
そしてなぜこの赤い目のメスが、子を孕んでいないかというと、、、
赤い目のグナチアの腹がぐにゃりと動いて下を向き、尻の先から、粘液に覆われた赤黒い管が伸びてきた。
先端は円形で、彼女が馬乗りになっている相手の背に触れる直前、内側を向いた小さな歯がぐるりと取り巻いているのが見てとれた。
ややあって、管が食いついている表皮の下、身動きできないグナチアの体内に、手のひらくらいの長さの、細長いものが滑り込んできた。
周囲の胎児は、青いアーモンド型の目を瞬きながら、ルビーのような赤色の物体に場所を譲った。
管が外ると、表皮の上には微かに、ひきつれたような痕が残っていた。
赤い目のグナチアは、体を前後に揺らすような緩慢な動きで、育児嚢の上を歩き、別の場所に移動して同じことを繰り返した。
こうして他のグナチアの体内に卵を産みつけることで、この寄生種は、自分の体を我が子に分け与えるかわりに、
宿主が自分の子どものために蓄えた養分を、宿主の子どももろとも収穫し、我が子に再分配しているのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます