第115話 母の愛

グナチアの母親の、閉じられたまぶたに皺が寄り、ピクピクと動いた。


人間で言うところの、苦悩か憂いにあたるような表情が、更にその色を深め、

何かを語りだそうとする時のように、唇が小さく開いた。


しかし、その喉の奥から絞り出されてきたものは、声ではなく、最初そう思えた舌でもなかった。


唇の間から、ぬらぬらした先端が現れたと思うと、その象牙色の物体はみるみる口腔こうくうを押し広げ、目や鼻の配置がひしゃげ、顔はとても顔に見えないほどにひずんだ。

著しく引き伸ばされたせいで、まぶたの間に隙間ができ、濁った青い目が覗いていた。


元の顔より大きそうなかたまりを吐き出し、大きな穴になった顔は、弱々しい復元力で元の形に戻っていった。


吐き出された紡錘形ぼうすいけいの物体は、しばらくその場で身震いして、不意にパチリと青い目を開いた。

胴体にぺったりと貼り付いていた、長い指のような歩行肢が剥がれ、仰向けに宙を掻いてわさわさと動いた。

やがてくるりとひっくり返って起き上がり、どこかに歩き去っていった。


アマリリスはまた狼狽した。


出産? 口から??

また何か騙されてるんだろうか、顔に見えるけど、じつはここが産道で、とか、、


「こっちが顔で合ってるよ。

ただし、出産じゃないけどね。


グナチアは卵を産んで、飲み込んで、適当な大きさになるまで胃袋の中で育てるんだよ。」


「胃袋って。。。ゴハンは??」


「成体になってからは食べない。

キュムロニバスに寄生しているときに、貯められるだけ貯め込んで、あとは子どもに吸いとられる一方だ。」


そうして育った幼生がまた一匹、吐き出されてきた。

それとも、自力で這い出てきているのか。


ほとんどの子どもが出尽くして、体の中が空っぽになり、今まさに最後の一匹を排出し終えようとしているグナチアがいた。


最後の一匹が動きだし、母親の方は見向きもせずに歩き去ってしまった後も、

半分気が抜けた紙風船のようながらは、峡谷を抜ける微風に時おり揺れる他は、身動きもしない。


アマリリスはゆっくりと近づいた。

薄皮の内側は全くのがらんどうで、体の中心線に沿って、グナチアの体組織の残骸らしい、もつれた髪の毛のようなものと、

成長できずに死んだらしい、胎児のひからびた死骸がいくつか転がっている他は、何も残っていなかった。


腰を屈め、グナチアのうつむいた顔を覗いた。

苦悩のように見える表情のまま、止まっているまぶたも、

閉じる力を失って半開きになっている唇も、

何かを掴もうとするように、途中まで曲げられた形の指にも、生命の兆候は見られなかった。


「死んでる。。。」


「うん。」


「いつ? いつ死んだの?」


さっきは、さっきのグナチアは生きていた。


「さぁ?

今とさっきの間じゃないか。」


まるで興味なさそうに、アマロックは答えた。


「どうして・・・」


「え?」


「どうしてこんなことするの?

こんな、こんな悲しい死に方って。。。」


震える声で伝えるのがやっとだった。


「それが母の愛っていうものなんじゃないか?

多分。」



ひどく残酷な皮肉とも、アマリリスの悲しみを察知して口に出した、アマロックなりの慰めとも受け取れた。

けれどだとしたら、それは何と不誠実な優しさだろう。

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