第114話 グナチア#2

「何これ」


圧し殺した声でアマリリスはうめいた。


「何・・・何なの、これ?」


「グナチア。」


「グナチアって、さっきのと全然違うじゃん」


「さっきのはオス。こいつらはみんなメスだ。」


両側を岩崖に挟まれた、薄暗い谷の底に、今見える範囲で10近く、大きな袋のようなものが横たわっていた。


骨格や筋肉といった構造組織はほとんど見当たらず、ぱんぱんに膨れ上がった中身の張力で外形を維持している姿は、

血を吸って膨らんだ、家畜にたかるノミそっくりだ。

牝牛ほどもあるそののっぺりした物体が、生き物だということに、まずアマリリスは衝撃を受けた。


体の前面下部、ほとんど地面にくっつきそうな位置に、不釣り合いに小作りな顔があり、申し訳程度の脚が数本取り囲んでいる。

脚と言ってもこの体では、這いずることも出来ないだろう。

目鼻口、髪の毛らしきものまである顔も、細長く骨張った、平べったい爪まで生えた指も、気味が悪いくらい人間によく似ていて、

そのあまりの醜悪さにアマリリスは顔をしかめた。


伸びきって透けて見える表皮の下で、何かがもぞもぞ動いている。


内臓?


アマリリスは目を離せなくなって、よく見ようと顔を近づけた。

うごめくひとかたまりが、ぐりんと1回転して、二つの青い瞳が、薄膜の濁りの向こうからアマリリスを見つめた。


無言で、ゆっくりと後ずさった。

そうと分かって眺めれば、他のものには見えようもなく明らかだった。

ソーセージを包む皮のような表皮の内側は、同じかたまりが夥しい数折り重なっていて、

幾対もの青い瞳が、ばらばらに瞬きしながら、アマリリスを見ていた。


吐き気が込み上げてきて、こらえるのがやっとだった。

雄性体とはあまりにもかけ離れた姿をしたグナチアのメス、

人間の目には、生命への冒涜ぼうとくにさえ映るむごたらしい姿は、他でもない、彼女自身の胎児を、その全身に余すところなく蓄えた結果だったのだ。

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