第112話 番人

あたりはますます殺伐として、ぞっとするような光景が広がっていた。

黄色いあかのような房がこびりついた穴から、水蒸気の煙をあげる亀裂。

どす黒く濁り、あぶくの浮いた腐った川。

所々に、半ば白骨化した動物の死骸。


空気は肌にまとわりつく不快な熱気を帯び、腐臭のようなイヤな臭いは、ますます強くなる。


こんなところは一刻も早く抜け出したい。

アマロックはいったい何をしているのだろう?


その視線の動きから、何かを探しているらしいことに気付いた。



よどんだ空気が動いた。


黒い剛毛に覆われた、幾本もの巨大な脚が、霧のカーテンを切り裂いて現れる。

赤く光る目、アリジゴクのような二本の顎、人間の背丈の倍ほどもある怪物が、二人めがけて猛進してきた。


アマリリスはアマロックに胸をぽーんと突かれ、軽々と数メートルも転がった。

しかしアマロックは、怪物の突進をもろに食らってはじき飛ばされ、木の葉のように宙を舞い、岩に叩きつけられた。


胃がぎゅっとせり上がる気がした。

叫ぼうとした声は、のどに詰まって苦しげなうめきになった。


巨大なタランチュラのような化け物は、地面に倒れたアマロックに追いすがった。

どすん、と重い音がして、大岩が揺れる。

怪物が頭を持ち上げると、アマロックの体は、怪物の鋤のような大顎に貫かれ、空中で振り回されていた。



勝ち誇る怪物が突然、凄まじい怒声を上げた。

黄色い体液が吹き上がり、脚の一本が根元から折れ落ちた。


空を切るうなりを響かせ、怪物は大顎で横に払った。

しかしアマロックは地を蹴って跳びのき、易々とそれをかわした。


アマリリスは眉に力を集めて目を凝らした。

怪物の大顎に貫かれ、人形のようにグラグラ揺れていたアマロックは、明るい場所を見続けたあとの残像のように消えてゆき、

地上に立つもう一人のアマロックが、怪物の周りを巧みに動きながら、攻撃の機会をうかがっている。


まぼろし。

ということは・・・


アマロックが怪物に飛びかかり、一瞬にしてとびのく。

左の前肢が吹き飛んだ。


これが、幻力マーヤー。。。?

魔族に伝わるまぼろしの妖力で、アマロックがこの怪物を欺き、アマリリスもその眩惑に引き込まれているのか。


怪物が大顎を開き、アマロックに向かって突進する。

しかしアマロックの姿は、残像だけを残して再びかき消えた。

怪物の脇腹に、長々と切り裂かれた傷が開き、更に二本の脚が折れた。

怪物はバランスを崩し、横倒しになって地面に激突した。


背後の靄の中から、3人目のアマロックが現れる。

怪物が残った脚を動かして、そちらに向きを変えた。

アマロックが地を蹴った。

がきん、と鈍い音がした。


最後の瞬間、どうなったのか、アマリリスには良く分からなかった。

霧に霞んでしまったか、3人目のアマロックも結局幻だったのか。


本物のアマロックが、怪物の頭を大顎ごと引きちぎって、戦いはケリがついた。


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