第111話 想像力の限界#2

ヴィーヴルの外骨格が、針の山のように変形し、

無数の刃となった黒い触手が、いっせいにアマロックに襲いかかる。


アマロックは残忍な爪を生やした両手を掲げ、手の甲の、金色の瞳をヴィーヴルに向けてかざす。

アマロックの本当の目、手の甲の擬態の目、4つの瞳が、激しい金色の光を発し、その閃光に、ヴィーヴルの刃は全て焼き切られ、灰のようになって空中に散る。


ヴィーヴルは全身から煙を上げ、ガクリとひざまづいた。

勝ったアマロックも、相討ちで数刀の刃を受け、傷を負っていた。


ツンドラの草の上に、血の滴を落としながら、アマロックがヴィーヴルに歩み寄る。

呼応するように、女魔族も立ち上がった。


血糊に覆われた瞼の下の金色の瞳、

火傷と煤に汚れた頬の上の紫の瞳が、ひととき、見つめ合う。

そこには勝者の傲りも、敗者の卑屈もない。


やがてアマロックの魔物の腕が、ヴィーヴルのいためつけられた外骨格の肩を捉え、左右にゆっくりと引きちぎった。

外骨格は黒い枯れ葉のような、コウモリの死骸となって舞い散り、女魔族の本体が姿を現した。


透き通るような肌、しなやかな肢体、豊満な乳房。

人間そっくりの、けれどどんな人間より美しく、妖艶なその姿を、あますところなくアマロックの目にさらしながら、ヴィーヴルは挑発的にアマロックを見ている。


アマロックの手が人間の手の姿に戻り、ヴィーヴルの長い髪を指ですくようにしながら、うなじを捉えて引き寄せる。

両者の距離がなくなり、唇が重なりあう。



それから・・・?


それから先は、どのようにことが行われるか知らないので、想像も先に進まない。


ということは、昨日の朝の”あれ”は、やはりまぼろしで、ふしだらなことは何もされなかった、

ということでいいんだろうか。



アマロックが立ち止まったので、アマリリスは自動的に休憩に入り、岩の上にぺたりと座り込んだ。

不安定な霧の中、アマロックの姿は、はっきり見えてるかと思うと、靄に掠れたりしている。

はぐれたら、たいへん。


そう思いはしても、だから何かしようという気にはならなかった。

今この時、どんな僅かでも休息が取れることだけが重要で、その先にあるかないか分からない、生命の危機も希望も、どちらでも良くなっていた。


大粒の涙がこぼれ落ち、アマリリスは無造作に頬を拭った。

何に対する涙なのか、自分でよく分からなかった。

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