第109話 巨人の岩と矮人ヤナギ

ハイマツを基調に、ハンノキやナナカマドの、背丈が隠れるくらいの灌木を縫って進んだ。

前方の霧の中から、異形の巨人のような大岩が黒く浮かび上がり、すぐに背後の霧の中に消えていく。


そんな岩の足元をいくつも通りすぎた。

ごつごつした岩の多い地形のようだ。


静かだった。

空気はじっとりした湿気をはらみ、生命の気配を閉じ込めてしまっているようだった。


延々数時間もそんな場所を歩いた後、次第に風が出てきて、陰鬱いんうつな茂みが、波の引くようになくなり、激しい風にさらされた、尾根の風衝地に出た。


ふりかえるとそれまで歩いてきた、林立する巨岩と、庭園のような低木林の眺めが、霧の合間にちらっと霞んで見えた。


風に乗って山肌を駆け上がってきた霧の帯が、尾根を越えた絶壁側で渦をなし、谷の底へと落ちて行く。

どれくらいの深さがあるのか分からない、奈落の谷の縁を、魔族と少女の道連れは進んでいった。



昨日もこんな所を通った。

伸びやかな枝葉の茂りや、朝日の中に飛び立つ小鳥の羽ばたきや、命あるものの一切の喜びを許さないような、過酷な荒涼とした尾根。


しかし今日は、遥かに長く大きな苦悩にさらされすぎたせいか、

切りつけるような、あるいは体ごともぎ取ろうとするような風の苦痛も、足元のすぐそばに口を開けた奈落の恐怖も、もはやアマリリスには大して響かなかった。

意識して気をつけていないと、風にあおられて絶壁の方に歩いていってしまいかねないほどだった。


うねる霧の中で、狭く不明瞭な視界はぐらぐらと揺れていた。


あたりに生息する植物は、コマクサやハナゴケのような、丈の低い草や地衣類がほとんどだった。

低地では背丈よりも高い薮を作る、ヤナギやタカネイバラも、灌木というよりほとんど蔦草のような姿になって、

地面にぴったりと張り付き、低く網の目のような枝を張り巡らせている。


彼らのこの姿が、造物主の意志とか、自然界の総意だとか、そういったものによって決められた、運命みたいなものだったとしたら、

ヤナギもコマクサも、彼らをこんな姿にした自然に、彼らの種族ばかりこんな過酷な自然で苦しめる、運命の不公平に、猛烈に抗議したことだろう。


けれど実際には、異界の生物は、運命を信じず、悩み迷う心を持たない。

こんな荒れ果てた山の上ではなく、もっと穏やかな気候の土地に生まれついていたら、とか考えることもしない。


この場所で生育できる能力を獲得するまでに、彼らの同胞の、一体どれほどの数の生体旋律が風に吹き飛ばされ、

自己保存できずに谷底に消えていったことだろう。

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