第97話 ヴィーヴル#3

女の周囲を、数羽の黒いコウモリが飛び回っていた。

今度は見間違いではないが、このコウモリも、ただの獣ではないようだ。


身体の線にぴったりと張り付いた、黒いスーツの腿の辺りから、黒い小片が剥がれ落ち、コウモリの姿になって女の周囲を飛び回ったと思うと、

肩の辺りに止まり、そのまま平べったくなり、スーツと一体化してしまう。


この、コウモリの姿と、カイガラムシのような薄片の姿を行き来する小さな魔族が、夥しい数、何層にも重なりあって、

昆虫の外骨格、あるいは非常に精巧な装甲にも見える黒い表皮を形作り、女の全身を覆っているのだ。


大きく開いた胸ぐりからは、いかにも柔らかそうな、真っ白な乳房が覗き、外骨格の硬質な黒と鮮烈な対照を見せていた。

白銀の長い髪が垂れかかる顔も、やはり透き通るように白く、ぞっとするほど美しい。

翼竜の姿の名残として額の中央に縦に開いた第三の瞳も、毒々しい青緑の唇さえも、その美貌に独特の凄味を与えていた。



ガーネットの紫色をした三つの瞳が、じっとアマロックを見つめ、ちらりとアマリリスを一瞥いちべつする。

不敵な笑みを浮かべ、女魔族は、こちらに向かって歩いてきた。


アマリリスは何となく不快な気分になった。

女の動きに合わせて微かに、シューッ、カチッ、というような音がする。

肋骨のような線条が浮き出した、わき腹の辺りの外骨格が、魚のえらのようにわずかに開閉しているのが見える。

なめらかな動きの中に、どこか関節のきしむような気配がある。


しかしその姿かたちの禍々しさよりも、何だろう。

一歩ごとにたわんで揺れる、豊満な乳房の曲線、やはり一歩ごとにしなを作る腰つき、

それらを強調する胸あきや足運びが、何だかアマロックに見せつけるために作られているような感じがして、気に入らなかった。


眉間に皺を寄せたアマリリスのみどりの眼と、悠然と見据える紫の三ツ眼が交わる。

人間が友好の握手を求めるようなしぐさで、魔族の左手が差しのべられた。

右半分の視界が、ぎゅっと歪む感じがした。



右のこめかみのあたりで、パン、と軽い音がした。

何かを叩きつけるような、けたたましい音、それも金属音ではなく、雄山羊が角を打ち合うような、乾いた音が響いた。

鼻先で黒い微粒子の煙がパッと吹き上がり、切り取られた一房の髪が、高地の風に吹き散らされていった。


これらのことが、一瞬の内に、前後の区別もなく発生し、アマリリスはわけも分からないまま、気付いたらアマロックの腕の中に抱きとめられていた。


彼女を引き寄せる腕の力は優しい。

けれどアマリリスの右肩に添えられた手首は、青黒い硬質な表皮に覆われ、5本の指先には、ナイフのような残忍な爪を生やしている。

手の甲に開いた大きな金色の瞳が、まばたきもせずにアマリリスを見つめていた。



アマロックの爪にこびりついた黒い微粒子が、煙となって風に散る。


女の手首から伸びた、黒い鞭のような触手が空中でしなり、手首の中に吸い取られていく。

その先端は、鉤のついた鋭い切っ先になっていた。


正確にアマリリスの眉間を狙った死の一撃、

女魔族が外骨格の一部を変形させて繰り出したモリは、アマロックの爪に弾き飛ばされ、目標を外れた。


命拾いしたアマリリスは、自分が攻撃を受けたことよりも(そもそもアマリリスは、何が起こったのかよく理解できていなかった)、

二頭の魔族の間で行われた壮絶な応酬に、ショックを受けていた。

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