第98話 虹と極夜光の会話

頭の中が真っ白になって、固まっているアマリリスをよそに、

女魔族は表情ひとつ変えず、アマロックを向いて口を開いた。


やはり、これまでに聞いたこともない、不思議な声が聞こえてきた。

すこし間をおいて、アマロックの声がそこに重なる。

他に例えようもない奇妙な音、という点で両者は共通しているが、音の感じは少しも似ていなかった。



アマリリスはしばらく両者を観察して、これはやはり、魔族同士の、一種の会話なのだろう、という結論に達した。


しかし、会話だとしたら、こんな奇妙な言葉ってあるだろうか?



アマリリスは、母国語であるウィスタリア語が話せるのは当然として、

この一年の間に、ラフレシア語もほぼ不自由なく使いこなせるようになった。

(もっともそれには、ウィスタリアの初等学校での、ラフレシア語の授業による基礎が大きかった)


また、あの追放の旅の間に、タマリスク語も、極めて不完全ながら、簡単な会話なら何とかできるようになっていた。


世界で話されている人間の言語はきっと、必要と、習い手の忍耐力さえあれば、

誰でも、どんな言語も、同じようにして習得してゆくことが出来るのだろう、という気がしていた。


まるでちんぷんかんぷんの言葉、例えばグロキシニア語、サフィニア語であっても、話しているのを聞けば、

単語の組み合わせで文が構成され、文のやり取りで会話が成立している、ということは分かる。


単語を言葉の最小単位として、一定の規則に沿って並べ、まとまった意味を持つ文を構成する、という、

すべての言語に共通する原理というか、基礎となる母体のようなものが、人間の言語にはあるからだ。



ところがアマロックと、この黒い女魔族の会話は、まず単語に相当するものが聞き分けられず、どこからどこまでが一つの文なのかも分からない。

また、会話が成立するためには、双方が共通の言語を使わなければならない筈だと思うが、

雨垂れと潮騒とでは音が違うように、アマロックの声と女魔族の声は、まるで違って聞こえる。

そして何より、アマロックと女魔族は、同時に発声しているのだ。


こんな奇妙な会話を言語と呼ぶくらいなら、小鳥のさえずる歌や、オオカミたちが交わす、音色ゆたかな遠吠え、

あるいはいっそ、無線機が通信電文を復号化する時の信号音の方が、まだしも人間の言語に似通っているように思えた。



やがて唐突に、その”会話”は終了した。

アマロックの腕の中にいるアマリリスに、女魔族は軽く睨むような一瞥を投げつけ、

二人の横を通って斜面を下っていった。


雪渓に突き出た岩の上で低く身を屈め、指先が岩に触れた。

全身の外骨格がひしぐような感じがして、次の瞬間、女の体は天高く跳躍していた。


黒い爆発のように、巨大な翼が空中で開き、翼竜の姿が現れた。

二人の頭上を悠々と旋回してから、魔物は大きく2度羽ばたき、

北側の尾根の方へ針路を取って滑空していった。



「。。。何を話してたの?」


果たして本当に会話だったのかも自信のないまま、アマリリスはアマロックに尋ねた。


「ちょっと世間話をね。

君のことを、可愛いねって言ってたよ。」


「ホントにぃ?」


「嘘ついてどうする。

おれもそう思う、って言っといたよ。」


心底怪しい、と思ったが、アマリリスはにまりとして答えた。


「そういうことなら、ほら、ラフレシア語で話してもらえないと。」


「そうか。

覚えとくよ。」


夕もやに霞む空に、見る見る小さくなっていく翼竜の影を追っていたアマリリスの眼に、またもや、信じられないものが飛び込んできた。

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