第96話 ヴィーヴル#2

アマリリスは茫然とその怪物を眺めた。


まるで、ヴィーヴル

こんな獣や鳥が存在するなんて、聞いたことがない。


まさか、、、古代竜?

そんなバカな、人類が誕生する遥か以前に滅んでしまったはずだ。


翼から突き出た鉤爪を雪原に突き立て、怪物は全身を大きくわななかせた。

ナイフのような鋭い牙がずらりと並んだ顎をガッとひらき、怒った毒蛇が唸るような音を立てた。


恐ろしい形相の顔は、額の中央にも目があって、ガーネットのような紫色の三つ目が、ぎらぎらと光っている。


それを見てようやく気づいた。

ひょっとして、、、


耳慣れない音の並びが聞こえてきた。

それが、アマロックの発する声だということに気づくのに、しばらくかかった。


怪物の威嚇に動じる様子もなく、アマロックはその世にも奇妙な音声を発し続ける。

虹の光を、あるいは、極地の夜に現れるという発光現象を、音として耳で聴くことができたら、きっとこんな風に聞こえるだろうか。

それは、確かに声として発せられたものではあるが、歌でも言語でもなくて、頭脳に直接入り込んでくる、世界のふるえのように感じられた。


怪物の動きが止まった。

今にも飛びかかりそうな勢いだったのに、アマロックの声に絡め取られ、屈服させられたように、

四肢が強張り、膝を折って座り込んでしまった。

腹立たしげな3つの目で、アマロックを睨みつけた。


怪物の巨体が縮みはじめた。

黒い帆のような飛膜が、体内に吸い込まれつつ、一部は風に吹き散らされる煙となって空中に散っていった。

巨大な頭が、翼や胴の張り出した骨格が、圧潰あっかいするように内側に折り畳まれ、首が縮み、

角のような飾り羽を形作っていた、白銀の毛が垂れかかる、黒い塊が残った。


その塊が動き、立ち上がってから、アマリリスはそれが地面にひざまづきうつむいた女の姿だったことに気付いた。

人の形ではあるが、人間であるわけはない。

アマロック以外では初となる、異界の生物、魔族との遭遇だった。

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