第95話 ヴィーヴル#1

日が傾きはじめたと思ったら、あとは日没に向けて一直線で、刻々と夕暮れが迫っていた。


あたりに高い木はなくなり、ワタスゲの白い穂が揺れる草原と、ハイマツやハンノキの灌木が、それがなければ案外急峻な起伏を覆っている。

ナナカマドの茂みの赤が、夕映えの名残のように、谷間の薄闇の中に浮かび上がる。


雪原の上に置いた足がわずかに横滑りし、力を込めて踏みしめた拍子に、アマリリスはとうとう立ち止まってしまった。

懸命に動かしつづけてきた手足は、とうに疲労の限界を超え、全身が悲鳴を上げていた。

目の前の雪渓に覆われた斜面は、絶望的なまでに長く、とてもあの尾根まで辿りつけそうにない。


アマロックとの距離が開きはじめる。

呼び止めなきゃ、もう歩けないと言わなきゃ、、、

けれどどういうわけか、舌が張り付いたように声が出てこない。


心がさっと暗闇に閉ざされる気がした。


置いていかないで。


こっちを向いて。

私に気づいて、、、


”アマロック”


その思いが通じたかのように、5、6歩行ったところで、アマロックは立ち止まった。



立ち止まったはいいが、振り向いてはくれない。

アマリリスは、ホント無理、もぅ今度こそこれが最後の力だょ!と膝は笑い心で泣きながらその力を振り絞って歩き、アマロックに追いついた。


稜線のやや上、中空を見上げるその視線をしばらく追って、ようやくアマリリスは気付いた。

夕日の光が雲の縁をかすめ、雄大な光の帯を描く空を、一羽のコウモリが横切っていく。

コウモリ? にしては・・・


飛翔体が大きく羽ばたきをして、針路を変えた。

こちらに向かってくる。


・・・黒い皮膜を張り巡らせた翼。


・・・鰐のような長い顎、一対の角のように、後頭部に延びた銀色の飾り羽。

蛇のような長い首、鷲のような鉤爪のついた後肢、細く長い尾、

これ、コウモリじゃ、、、


雪渓の白さで距離感の掴めなかった「それ」が、急激に視界一杯に広がり、

羽ばたきが巻き起こした、嵐のような風圧が通りすぎていった。


目を開けると、12人用のテントぐらいある巨大な怪物が、目の前に立ちはだかっていた。

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