第80話 ファーベル先生のラフレシア語講座
窓の外には、まだ朝もやが残り、静まりかえった湾内に時おり、海鳥の啼く声がこだました。
ファーベルと二人で朝食を済ませたヘリアンサスは、食後のチャイが湯気を立てる傍ら、ラフレシア語の教科書やらノートが広げられた上に、頬杖を突いていた。
昨日も、アマリリスは帰って来なかった。
クリプトメリアは、また遅くまで仕事をしていたのだろう、まだ寝ている。
いつもどおりなら、もうそろそろ、一人は二階から、もう一人は勝手口から、
亡霊のような風体で入ってきて、ファーベルに食事を無心する頃だろうか。
全くどうしようもない人たちだ。
この静かな優雅な一時も、あとわずか。
彼らが現れたら、食卓は明け渡さなければならない。
ヘリアンサスは集中力を奮い起こし、目の前の仕事に向き合った。
《課題1》今日あった出来事を日記に書いてみましょう
「僕は今日、ファーベルに言われて、卵を砕きました。」
「うーん、そこは ”割りました” です。」
「そして、ベーコンを、燃やしました。」
「ちっがーう、それを言うなら ”焼きました”」
《課題2》以下の文章を、声に出して読み上げなさい。
おうちの人に聞いてもらいましょう。
「あなたはこの
「ん?読めない?
・・・やだ、何で赤くなってるの???」
”味わう”というラフレシア語に、何かを嗜好する、つまり”好み”である、という意味があることを、ヘリアンサスは知らなかった。
”そういえば、ヘリアン君のラフレシア語ってなんかヘン”
という一言から始まって、ファーベルによる、ヘリアンサスのための、初等学校の国語の教科書を教材としたラフレシア語の個人授業が行われていた。
「わーすごい、0点だよ、れーてん。」
「まぁねー。」
ヘリアンサスがどこか得意気とも見える、開き直った調子でおどけた。
ラフレシア語の難関と言われる、複雑な品詞の活用、
主語と述語と目的語の組み合わせによる、語形変化の選択問題を、ヘリアンサスはことごとく外してしまった。
「ていうか逆にすごいね、話し言葉は普通に通じるのに。
テストはだめだめなのに、何で話せるの?」
「うーん、ノリで話してるのと、アタマで考えて答えるのと、違うっていうか。」
自分にとって、ラフレシア語という言語がどういう存在かということを、ファーベルにどう説明すれば伝わるか、ヘリアンサスはいい言葉が思いつかなかった。
多数の民族が入り乱れるカラカシスでは、言語への精通度合いを議論するのは、微妙な問題をはらみ、
時に、共用語に不馴れな他民族に対する侮蔑をこめて語られた。
むろん、ファーベルにそんな陰険な意図はない。
また、超大国ラフレシアの本国人として、共通基盤言語のラフレシア語を母語に育った者に、そうでない国や言語のあり方を想像するのは、なかなか難しい。
ファーベルは純粋な親切心から、公用語をうまく使いこなせていない新しい友人に、彼女の知識を分け与えようとしていた。
「やっぱりアマリリスの方がラフレシア語上手だよね。
さすがお姉ちゃんだね。」
「あの人、意外に頭いいんだよ。
ぜんっぜん勉強しないくせに、いつもそこそこ成績よかった。」
「へぇえー、意外。」
「まあ、数学だけは、からっきしダメだったみたいですけどww」
「あ、何かそんな感じする〜。」
まだ帰ってこないアマリリスをネタに、二人はしばらく盛り上がった。
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