第75話 文殊の知恵

クリプトメリアは要望された石を棚から取り下ろし、実験台のに並んだ若い講師と、2人の学生の前に戻ってきた。


「これですがな。」


「拝見します。」


はるばるトワトワトまで出向いた目当ての標本を、ペントステモンは、ソーセージのような指が生えた手でせっかちに受け取った。

物も言わず、2、3度ひっくり返してから、手にした鉄筆のようなもので石の表面をゴリゴリ擦り、ルーペで覗き込んだ。


ペントステモンと学生の議論を、成りゆき上、クリプトメリアも傍らで聞いていた。

地質、鉱物の分野はまったく専門外で、会話に出てくる専門用語はちんぷんかんぷんだが、

共に世界のことわりを探求する者同士、雰囲気で分かる。


学生2人のうち、目つきの険しい、浅黒いやせぎすの方は、飛躍した論理構成の自説を、先走って展開してゆくタイプに見える。

そしてその自説を、いかに曲げることなく相手に受け入れさせるかによって、自分の価値が決するとでもいうような、妙な強迫観念にとらわれている。


教官であるペントステモンは、この面倒な学生のことはかなり苦手なようだ。

学生の心証に対する配慮なのか何なのか、論理的に指摘するというよりは、相手の人情に訴えかけて誤りを認めさせるような物言いをする。


おそらくは優秀で、プライドの高い独走君はそれが気に入らず、余計に意固地に固執する。

もう一人の小太りの陰気な学生は、そんな二人のやりとりを、達観しているとも、うんざりしているともつかない淀んだ目で見つめ、ただじっと黙っている。



顎髭に添えた拳の影で、クリプトメリアは苦笑いを漏らした。

国内屈指の名門大学であり、実際、世界的な研究業績も数多いマグノリア大学ではあるが、そこに属する個々人は往々にしてこんなものだ。


稀に綺羅星のような天才もいて、一気に50年分も学問の進歩を先取りするような成果をあげていくこともあるが、

より多くの発見や成果は、人よりも少しだけ根気強いとか、数字に強いとかいった程度の、凡人の集まりから生まれてくる。


個々には色々と問題のありそうなこの3人も、彼らの中心にある石くれによって概ね結束し、

最終的には新たな論文の一篇でも上梓じょうしすることになるのだろうか。


学問の進展には大いに結構なことであるし、応援してやりたいのもやまやまだが、

あまりこの石に注目されるのも、有り難くはなかった。

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