各々の秋

第74話 ワタリガラスとイチイの実

”早く帰ってきて”


思いの強さのあまり、涙が出そうになりながら、

アマリリスは背丈ほどもあるフキの草むらを蹴散らし、森を飛び出した。

もう幻力マーヤーの森にはいられない。


かと言って、あのむさ苦しい連中は、臨海実験所にも来そうな雰囲気だった。

さっきあれだけ失礼な応対をした相手と、実験所に戻ってまた顔を合わせるのもイヤだ。



オシヨロフの内浜に出たところで右に折れ、足はイルメンスルトネリコの木を向いていた。


まだ、それほど遅い時間ではないはずだが、日は大きく傾いて、

夕方の光がさす中を、ワタリガラスが舞っていた。


あぁ、夏が終わってしまう。

真夏でもうすら寒い日ばかりなのに、この土地の冬は一体どんな寒さなのだろう。

またひとつ憂鬱になって、深いため息をついた。


トネリコの巨木の前で、アマリリスはぴたりと足を止めた。

自分が目にしているものが、にわかには信じられなかった。


「あら。」


「やぁ、バーリシュナお姫さま。」


姿を消す直前と何ら変わらない、何気ない調子で魔族は言った。

アマリリスはなかなか言葉が出てこなかった。


「どうした、散歩かね。」


「・・・久しぶり、アマロック。

早かったね。

9月の末に帰ってくるって聞いてたけど。」


「今日はいつだっけ。」


「9月の、、18か19ぐらい」


「アカシカが山を下りはじめたんでね、

くっついて戻ってきた。

今年は、冬が早くなりそうだ。」


「・・・あっそぉ。」



想像していたほど腹も立たなければ、今さら嫌味を言うつもりもなかったが、

嬉しそうな素振りを見せることだけはプライドが許さず、アマリリスはひややかな目でアマロックを眺めていた。


居心地のわるい一時の後、

アマロックが後ろ手に持っていた木の枝を取り出した。


「食べる?」


「・・・何それ。」


「イチイの実だよ。」


ビジテリアン大祭の飾りつけに使うような、深い緑の棘状の葉の間に、赤い滴のような実が並んでいる。

アマロックは2、3個摘むと、アマリリスの唇の間に乗せた。


「噛んじゃだめだよ。中の種に毒があるからね。

周りの果肉だけ。」


毒って。。。


アマリリスは抗議の視線でアマロックを見上げた。

木々の梢から差す金色の光、アマロックの金色の瞳、口の中に広がるほのかな甘味。

この一瞬のことは、その後も長いこと、アマリリスの記憶に印象深く残った。


「笛は?」


「は?」


「ふ・え。

新しいの作った?

また聞かせてくれるって言ったじゃない」


”燃やしちゃうの!?”


”気に入ったんなら、また聞かせてあげよう”

”リクエストを考えといてくれ”


「んなこと言ったっけ。」


全くこの男は。。。

しかし、そういうアマリリスも、リクエストする曲を何も考えていなかった。


「!

サンスポットは?」


「いるよ。どっかに。」


「会いたい!

淋しかったんだよ、急にいなくなっちゃうんだもーん。

森に行ったら会えるかなっ?」


億劫おっくうそうなアマロックを急き立て、アマリリスは夕暮れの迫る森へと戻っていった。

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