第65話 クジラ祭り

数ヵ月ぶりのオロクシュマは、やはりうらさびれた最果ての港に変わりはないが、

以前のような重苦しさは感じなかった。


活気もないわけではない。

今日は、年に一度のお祭りの日なのだ。


港から川の左岸をさかのぼって、そのまま原野に消えて行くメインストリート沿いに、まばらな市が立っている。

通りを出歩く人の姿が目立ち、子供が駆けて行く。

北東ラフレシアの鮮やかな衣裳に身を包んだ、原住民の集団とすれ違う。


「”山の民”と呼ばれている。

実際は山じゃなくて、ずっと北の方に住む寒帯の民族なんだが。

沿岸の密林を避けて、高地を移動してはるばる行商に来るんだよ。」


クリプトメリアが教えてくれた。

赤や金糸の刺繍が施された長衣に、大きなメダルの首飾り、入れ墨にピアス。

顔つきは違うが、カラカシスのどこかの民族衣装と似ている気がする。

千年も昔から同じ生活を続けていそうに思えるが、意外とそうでもないらしい。


太古からトワトワトは、魔族やオオカミばかりが跋扈ばっこする無人地帯だった。

大陸と半島の接合部付近に生活する彼らが、半島南部に踏み入れるようになったのは、ラフレシア人が本格的に入植をはじめた、ここ100年ほどのことだと言う。


地元の子供が何人か駆けてきた、と思ったら、その一人がヘリアンサスだった。


「すっげーよ、おねぇちゃん。

クジラ。

クジラがいる!!」


そう喚いて、有無を言わさずアマリリスを引っ張ってゆく。


「あ、ちょっと待ってよ。

ファーベルは?」


「わたしは、いい。

グロいんだもん。」


ちょっと情けないような顔で言って、行ってらっしゃい、と手を振った。




確かにこれは、ちょっとグロいかもしれない。


港の外れの突堤の向こうに、大きなクジラが難破船のように転がっていた。


縦に筋の入った灰白色の腹を上にして、だらりと開いた巨大な口の中には、アコーディオンのような鯨髭が覗いている。

流れ出た大量の血液で、周囲の波打ち際は赤く染まり、あぶく立っている。

血の臭いとも腐臭ともつかない生臭さが立ちこめ、むせかえるようだ。


大きく抉れた傷口の周囲に、キツネに海ワシ、2頭のヒグマまで群がって、狂ったように唸りながら貪り食っている。


「クマ・・・いるね」


「うん」


アマリリスとヘリアンサスは顔を見合わせた。

二人の他に、数名の村人が立っているこの突堤が、一応の安全地帯のような雰囲気だが、あのクマが本気になったら、こんな段差は簡単に乗り越えてしまうだろう。

人の住むこんな近くでクマが普通に食事してるなんて、呆気にとられるばかりだった。


町の方から、漁師らしい数名のラフレシア人が、銃を携えてやって来た。

アマリリスは暗い気分になった。

銃を持った男が突堤の上に立ち、空に向けて発砲した。

ワシやトウゾクカモメが散って行き、2発目でようやくヒグマも、いまいましげに場所を譲った。


一人が突堤の上で銃を構えて見張る中、山刀のようなものを携えた三名が下に降りて行き、クジラの巨体に取りついた。

のっぺりとした皮膚に刃を深く沈め、大きな塊をいくつも切り出して行く。

3人ともが、動物の体の一部というより、何かの建材のような鯨肉のブロックを両肩にかついで戻ってきたあとも、クジラは少しも減っていないように見えた。


突堤をよじ登ってきた3人は、アマリリスの側を通り過ぎざま、粗野な笑顔を見せ、一言二言何か言って、町の方に戻っていった。


たちまち獣や鳥が戻ってきて、がつがつと貪りはじめた。

追い払っただけで、彼らがクマを撃とうとしなかった理由はよく分からない。

カラカシスでいったら野良犬ぐらいの扱いなのだろうか。

野に生きる獣への思いやり、というよりも、単に興味がないように見えた。

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