第64話 あの山の向こう

舳先に白い波しぶきをあげて、ボートは紺碧のベルファトラバ海を走る。

アマリリスは船縁の上に肘をついて、ゆっくりと流れる景色を見ていた。


前に乗ったときは、凍え死ぬかと思うほど寒かった記憶があるが、今日はよく晴れ、風は冷たいが心地よい。

穏やかな海面に、時おりイルカが跳ねる。

一度、ずっと遠いところで大きな尾びれが持ち上がり、クリプトメリアがクジラだと教えてくれた。

船の右側には、トワトワトの雄大な陸地が続いている。

海岸はどこもオシヨロフと同じような岩崖が多い。

昨日の雨の後で、一面に広がる幻力マーヤーの森を貫いて、無数の滝がかかっている。


海上からは、森の背後に聳える山岳がよく見える。


麓の森では、よほど日当たりの悪い場所を除けば、雪渓はあらかた消え去ってしまったが、

高山の山肌には、谷に沿って大きな雪渓が溶け残り、原始人の壁画のような、面白い模様を描き出している。


トワトワトの山岳は大半が火山だと、クリプトメリアが言っていた。

うっすらと煙を上げている山がいくつかある。

爆発をおこして吹き飛んでしまったのか、山体が大きくえぐれているような山もある。

しかし山肌はおおむねなだらかで、大地が垂直にせり上がって出来たカラカシスの山とは違い、時間さえかければアマリリスにも登って行けそうだ。


今見える範囲だけでも広大な大半島のどこかに、アマロック達はいる。

シカを追って、山を幾つも越え、川を渡り、人間は誰も足を踏み入れたことのないような奥地に。

9月の末には帰ってくると言っていたから、今頃はそろそろ帰途についているだろうか。


いいなぁ、と思う。


あの白い煙を吐く山の向こうは、どうなっているんだろう?


ここから見える、雪渓の間の青黒い大地は、森林なのだろうか、草原か、それともむき出しの岩肌なのか、それすらもアマリリスには分からない。


いくら想像を巡らせても、そこに行ってみたら、きっと想像を遥かに上回る世界が広がっている。

幻力マーヤーの森はそういう所だ。


この目で見てみたい、いつか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る