閑話:オロクシュマの夏祭り

第63話 畑と魔物の木

オオカミたちがいなくなって一月が過ぎ、暦は8月を終えようとしていた。


心なしか、初夏の頃よりも天気のよい日が多い。

一月前よりもだいぶ日は短くなったはずだが、何だかよく分からない。

ウィスタリアでこの季節、どれくらいの時間が昼間で、どんなふうに夕暮れを迎えていたかも忘れてしまった。

トワトワトでは、時間の流れまでどこか魔物めいていた。


だから、植物も調子が狂ってしまうのだろうか。

臨海実験所の裏手、崖上の”畑”の前で、アマリリスはげんなりとため息をついた。


クリプトメリアが坂道を登ってきた。


「やぁ。どうだね、豊穣の大地の恵みは。」


「だめぇー。

ジャガイモもニンジンも、異界では自己保存できないみたいです。」


「諦めたものではないぞ。

気長に続けていればそのうち、変奏によって魔物めいたキャベツが発生するかもしれん。

どれ、、、おお、これは無残だ。」


一目見て、クリプトメリアは苦笑いを浮かべた。


足元に広がる5メートル四方の開墾地は、クリプトメリアから見てもよく整えられている。

形よく盛られたうねが並び、水捌けのための溝まである。

さすが農家の娘というだけあって、意外にきちんとした仕事だ。

しかし残念ながら、そこに育った植物はどれも黄色くしなび、虫に食い荒らされ、惨憺さんたんたる有り様だった。

アマリリスが最後に草取りをした後に生えてきた雑草のほうが、遥かに勢いよく、青々としている。


この”畑”は、幻力マーヤーの森を徘徊するようになる前のアマリリスが、何かの思いつきか気まぐれで作ったものだ。

その後数ヵ月にわたり放置されていたと思ったが、最低限の世話はしていたらしい。



春先、

野菜の種がほしい、畑を作りたいんだけど勝手に作っていい?

と言い出したアマリリスに、クリプトメリアは少し困った顔をした。


「おそらく、残念な結果になると思うよ。

まぁ、育たないってわけじゃないんだが。。」


その言葉の意味はすぐにわかった。


ウィスタリアであれば、種蒔き、植えつけの時期と、水加減にさえ気を配れば、たちどころにして処分に困るほどの作物が採れた。


ところがトワトワトでは、ジャガイモもキャベツも、芽を出すところまではよくても、ともすれば1ヶ月もろくに成長せず、

そのうちに半分ぐらいは枯れてしまい、やっと育っても、ジャガイモは掘り起こせば、クルミかと思うような小さな粒がまばらに付いているだけ。

キャベツは玉にならない有り様。

おまけに、おいしくない。


「どうしてかな。。。寒いから育ちが遅いのはわかるけど、土は良さそうなのに。」


アマリリスは残念そうに、ブーツの爪先で黒く湿った土をほじくりかえした。


「養分自体は豊富でも、土の中にいる微生物の働きが鈍くて、そういう植物が吸収できる形の成分にならんのだよ。」


「そっか、じゃぁキャベツよりも、まず微生物のほうに頑張ってもらわないとダメですね。」


「・・・うむ。

その通りだな。」


アマリリスは畑の傍らに膝をつき、つぶやくように言った。


「おにいちゃんが言っていたわ。

いいワインができるかどうかは、太陽も大事だけど、一番は土なんだって。ブドウ畑のね。


何か、荒れ地みたいな石ころだらけのシャトーで、意外とすごくいいワインができたり。

菌がどうとか、、、その時はよく分からなかったんだけど、


こういうこと言ってたのね。。。」


それきり黙って雑草をむしっているアマリリスが、長い髪の下で泣いているように思えて、クリプトメリアは動揺した。

しかしアマリリスは、やがて何事もなく顔をあげて言った。


「やっぱりダケカンバはすごいわ。

こんな土地でも、立派に育って。

魔物の木ね。」


「ふむ。」


二人でしばらく、青々と繁る木々の梢を眺めた。



「さて、そろそろ出ようか。

ヘリアンとファーベルが待ってる。」


「はぁい。」


アマリリスはクリプトメリアの後について、坂を下っていった。

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