第49話 水底の宇宙
「あれ? アマリリスは?」
頬に甲羅の切れっぱしをつけたファーベルが、ばらばらになったカニの手足をバケツに片付けながら尋ねた。
「なんかあっちの方に行った。」
「大丈夫かなぁ、海に落ちたりしないかしら。」
「大丈夫でしょ、さすがに、、、
とは思うものの、天才的にウカツだからなぁ、
あの人。」
多彩な絵画を取り揃えた美術館のように、それぞれに少しづつ様子の違う潮溜まりを、
アマリリスはワクワクしながら覗いて歩いた。
浅い水溜まりには大小のカニが群れ、両手のハサミに捕らえたスメルトを互いに奪い合っている。
深く岩盤のえぐれた池には、ひとかかえもありそうな魚が泳ぎ、青紫のウニが列をなしている。
アマリリスの靴底がちょうど収まるくらいのものから、歩幅くらいのものまで、正円形に垂直に
軟質の岩盤のくぼみに落ちた硬い小石が、水流の力でぐるぐる回るうちに、長い時間をかけて母岩を削って出来たものだという。
渓流の河原にもよくあるこういう穴を、ウィスタリアでは「石の心臓」と呼ぶ。
そのロマンチックな名前が印象的で、学校の科学の授業で習ったことを覚えていた。
アマリリスは腕まくりして手を穴に差し入れ、底に沈む丸くすり減った石を拾い上げた。
これだけの穴が出来るまでに、どれくらい時間がかかるのだろう。
10年? 100年?
見当もつかないが、おそらく彼女の人生よりも長い間、人知れずこんな場所でコロコロ転がって岩を削り、脈動を続けてきた心臓が、
こんなに何気なく拾い上げられ、活動を止めてしまうというのは、何だか不思議な気がする。
小石を
岩場が段差になって海面下に潜り、それより先にはもう行けない場所に来た。
覗いてみてぎょっとした。
それは、体毛が逆立つような戦慄であると同時に、息を飲む興奮に満ちた驚きでもあった。
緑色の藻に覆われた浅い水底に、青や赤、すみれ色に焦げ茶色、色とりどりの海の生き物が群れている。
大半はヒトデだ。
それも、絵の具のように鮮やかな赤や青の、5角の星形をした可愛らしいものから、
オレンジ色の地に、白い棘がびっしりと生え、魔物の触手のような長い腕を張り出したもの、
その腕が十数本に増えて、座布団くらいある大きさの渦巻き形になり、すみれ色の地に細かな白い星をちりばめたものまで、じつに多種多様だ。
ヒトデに混じるのは、赤や緑の螺旋模様が浮き出た円錐形の巻き貝、つややかな茶色の、丸パンそっくりの大きなかたまり、鮮やかな紫色に白い帯の入った、どこが頭でどこが尾かも分からない生き物。
目も耳も声も持たず、こうして見ていてもまるで動かず、
およそ人間が思い描く、色彩や音階、情感に満ちた世界とは、まるで違う宇宙に生きているであろう、生物たちの楽園だった。
「綺麗だわ。。。
水の中に星空があるみたい。」
本当に、世界は美しい。
その片隅で行われる罪や悲しみを、まるで償おうとしているかのように。
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