第48話 スメルト#2
「わざわざあっちまで行かなくても、このへんに群れてるのでいいんじゃない?」
三人で浜を歩きながら、波打ちぎわに群がるスメルトを眺めてアマリリスが言った。
群がるというより折り重なると言ったほうが的確だ。
そこにカモメやアジサシが群がり、一帯はぶくぶくと泡立っている。
「そこらへんのは、もう産卵してるから。」
「あー、卵取れないか。」
「っていうより、タマゴまみれですぐ臭くなっちゃうの。
濡れるし、鳥に突っつかれるよ。」
カニの前肢の形をしたオシヨロフ半島の、北側のやや短い方のほうの岬の根元に臨海実験所があり、爪の又に当たる位置が砂浜、
兜岩は南側の、長いほうの爪の先端にあたる。
かなり高さのある峰で、
そこまでの道は、馴れない人間にはそこそこの難所だ。
まず、干潮の時だけ現れる崖下の道を、天然のトンネルをくぐったり、海中に置かれた飛び石を渡ったりしながら湾に沿って進み、半分くらい行ったところで今度は上り坂となる。
つづら折りの急坂を登って、岬の上の台地に出て、おそろしくねじ曲がったダケカンバや、ハイマツの茂みの中を通り、道のすぐそばまで切れ込んだ断崖の縁を過ぎ、
兜岩のふもとあたりから、道は海岸へと下りになる。
こっちの方へ来るのは久しぶりだ。
春先、父の手がかりを探して歩き回っていた頃は、ひどく痛々しく、耐えがたいほど荒涼とした場所に思った記憶があるが、
今のアマリリスには何てこともない、
数ヵ月のうちに木が茂ってすっかり様変わりして、あの頃どこを歩いたのか、正確には思い出せなかった。
兜岩の麓は潮が引いて、かなりの広さの岩棚が顔を出していた。
ヘリアンサスとファーベルは、貝やカニを獲りに、二人でよくここに来ていた。
「こっちこっち。」
岩棚にいくつもある海水の池、満潮時は海に繋がる潮溜まりのそばに立って、ファーベルが手招きした。
覗いてみて目を丸くした。
海から切り取られた水の中に、養殖場のフナよろしくスメルトが閉じ込められ、それも底が見えないほどの数が、ぐるぐると泳ぎ回っている。
「やったね、大漁まちがいなし。」
「これ獲るわけ。」
「獲るよ。
はい、そっち持って」
ファーベルが網を持ち上げ、片側の端をヘリアンサスに持たせた。
「えぇーっ、なんかきたねー。」
「きたなくないよーだ。
逃げなかった魚がバカなだけだもん。
はい、いくよー。」
二人で網を広げて潮溜まりの両側に立ち、ファーベルの指図で水中をさらう。
たちどころにして、引き上げるのに苦労するほどのスメルトがかかった。
二人の間にたわんだ網の上でスメルトがピチピチ跳ねるのを見て、
すずかけ村の秋、脱穀した麦を大きな布に広げて、ちょうどこんなふうに、二人がかりで揺らせて
2度、3度と網を入れ、さらに別の潮溜まりに移って続けるうち、臨海実験所から持ってきた3つのバケツはみるみるいっぱいになって行った。
網にはスメルトだけでなく、ニシンやエビ、そしてもっと大物も絡まってきた。
「あーっ、これすげぇ。」
ヘリアンサスが、スメルトの間から顔をのぞかせた、奇怪な姿の生き物に飛びついた。
「ほらほらお姉ちゃん、カニ。
すんごいでっかいカニ。」
宇宙生物のような、足を広げれば彼女の顔を覆ってしまうほどの大きさがあるカニを、すぐ鼻先に突きつけられて、アマリリスは思わずのけ反った。
「あっ、こら暴れんな、いててて・・・」
必死で逃げようともがく剣山のような甲羅を、ヘリアンサスは取り落としそうになった。
「あー、はいはい。」
鹿革の手袋をはめたファーベルが受け取り、仰向けにして岩の上に押さえつけ、
何と、4、5対ある脚を、ぼきぼきへし折りはじめた。
「あぁっ、何すんだ」
「だってこうしないと逃げちゃうでしょ。」
「・・・おれもやるっ!」
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