第50話 エンサイクロペディア
「”カンナギ”って、何ですか?」
「ああ、神に仕える女性、巫女ってことだよ。」
「じゃ、”シンシ”って?」
「紳士か。。。
なかなか説明が難しいのう。
社会的な身分があって、フロックコートでも着てる大人のオトコってところか。」
「ああ、ωфψтεπξωωъбのことかな。
ケ・・ボ・・
”閨房術”は?」
・・・一体、何のページを読んでいるんだ?
何の変化も刺激もないオシヨロフでは退屈だろうと、母屋の居間には、オロクシュマで買い込んだ本や雑誌が並べてある。
若い娘向けの娯楽雑誌もあるのだが、アマリリスのお気に召さなかったようだ。
さっきから窓際の実験台に、臨海実験所備え付けの百科事典を広げて読んでいる。
知識に意欲があるのならと、ファーベルに受けさせている、通信教育の一般教養講座も勧めてみたが、「勉強キライ」の一言でお流れとなった。
そして考えてみれば百科事典を読んでいるわけだから、散発的にこちらに投げつけてくる用語の質問もその項にあたれば解決しそうなものだが、、それは億劫だというわけだろう。
こうして仕事場をうろうろされたり、書き物をしている時に話しかけられるのは正直気が散るが、大目に見てやることだ。
高貴な姫君のような外見とは裏腹に、かなり無遠慮で無頓着な人格のギャップも、クリプトメリアは面白く気に入っていた。
「へぇ~~。
知ってました?
クジラって、ラクダの親戚なんだって。」
「おぉ?
うむ、まぁそうでもあり、
思うに、基準の問題であって、、、」
「え?なに?」
「・・・いや。」
クリプトメリアはため息をついて、手にしていた赤鉛筆を譜面の上にころりと転がした。
複雑な7部構成の進行が、完全に分からなくなってしまった。
諦めて、しばらくこの奔放な娘に付き合ってやることにした。
「最近は、異界巡りには行かんのかね。
この間まで、随分熱心に出掛けていたようだが。」
「だぁって、今森に行っても、アマロックたち居ないもの。」
思いがけない返事だった。
「・・・アマロックが、とな。
奴に会いたくて森に出掛けているとは知らなかったよ。」
「わっ、キレイ。
何ですか?これ?」
何のことかと振り向くと、アマリリスは傍らの顕微鏡を覗き込んでいた。
「ああ。ウズムシの神経組織だよ。」
「へぇ、こんなきれいな色してるんですね」
「いや、青や赤に見えるのは、薬品で処理してあるからだ。
染色せずにそのまま見ても、無色透明にしか見えんよ。」
「なぁんだ。」
なぁんだ、と言われるのは少しがっかりした。
しばらく間があって、クリプトメリアは再びアマリリスに話しかけた。
「こうして話をするのも久しぶりだな。
異界のプリンスと、薔薇薫る異国の姫の物語は、最近はどのような展開を見せているのかね?」
「・・・え?」
どうやら、こちらの話は聞いていなかったらしい。
彼女の関心は顕微鏡から、百科事典の方に戻っていた。
「アマロックとは、森では仲良くしてるのかね。」
「ああ、アマロック。。。」
独り言のように呟いてそれきり、ページをぺらぺらとめくっている。
もうお喋りは終わりかと思って、クリプトメリアも自分の仕事に戻ろうとしたとき、
「なんだか良く分からないわ。。。
何考えてるのか、優しいんだか、冷たいんだか。」
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