空っぽの森

第43話 ヘラジカとカケス

沢沿いを下るけもの道の先、木々の梢の上にはもう、青々とした海が大きく見えていた。


ここ数日、天気のよい日が続いている。

針金細工のように細い腹、黒い羽のトンボがつがいになって水面すれすれを舞い、沢べりの湿った岩の上に、たくさんの蝶が群れ、せわしなく羽を動かしている。


てっぺんにトウヒの若木を何本か載せた、大きな岩の向こうから、牛のように巨大な獣が姿を現し、アマリリスはぎくりとして立ち止まった。


人の手のひらのように大きく広がった角は、さしわたし2メートル近く。

そこいらの木をそのまま頭に載せているようだ。


ヘラジカだ。

アマロックたちの主食であるアカシカよりも食べごたえのある獲物だが、あまりに大きくて、そう易々とは倒せない相手だと言っていた。

盛り上がった肩や、垂れ下がった鼻と口元は、鹿というよりも、ほんとうに牛みたいだった。


悠然とこちらに向かってくる巨獣に、アマリリスは体を強張らせて道を譲った。

ヘラジカはアマリリスを一瞥いちべつし、小山のような体をのそりのそりと森の奥へ運んでいった。


ため息をついて歩き始めてすぐ、耳元で風を切る音がして、頭のてっぺんをバシッと叩かれた。

痛いというより、あまりにも唐突な仕打ちに取り乱すアマリリスに、耳障りなわめき声を残してカケスが飛び去っていった。

カラスの仲間の鳥で、いつもは大柄なワタリガラスの影で存在感が薄い。

こんな時に限って。。。


相手が分かって、猛烈な怒りが沸き起こってくる。


「・・・何よ、もう!!

何なのよ!?」


手近の枯れ枝を掴んで投げつけたが、当然当たるわけもなく、すぐ先の水面にぼちゃりと落ちた。


なおも悪態をつきながら、アマリリスは沢を下っていった。

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