第44話 白骨と巨羆

浜に出るとまだ日は高かったが、アマリリスはオシヨロフを目指して歩き始めた。


微細な火山ガラスで敷き詰められた浜は、波にならされて舗装をひいたように滑らかで、振り返ると、自分の足跡がどこまでも続いて見えた。

所々に砂に埋もれて枯れている、スゲかカヤツリグサの株と、白骨のような流木が白く目立つ。


そのうち、本物の白骨を見つけた。

人間の、、、ということは、トワトワトの人口密度からしてあり得ないはずだが、見れば見るほど人間の大腿骨によく似ている。

中ほどで折れ、髄が無くなって中空の断面になっているが、反対の端は自由関節に収まる丸い突起が残っている。


中腰になってまじまじと眺めてから、アマリリスは疑惑の骨を残して立ち去った。

見ていたところで人骨か獣骨か分かるわけではないし、仮に人骨と分かったところで、何ができるわけでもない。


百歩ほど前の茂みから、黒い毛むくじゃらの犬のような獣が2頭、転げ出てきた。

ヒグマの子供だ。

ということは、母グマが近くにいる。


アマリリスの目に緊張が走った。

砂の上に膝をつき、固唾を飲んであたりをうかがった。

身を隠す場所もない平坦な浜だったが、見通しの利かない森に逃げ込むのはかえって怖い。


成長すれば地上最大の肉食獣となるヒグマも、オオカミと同じで、人間の間で喧伝されているほど邪悪な獣ではない。

けれど、子グマを連れた母親に近づくことは非常に危険だと、クリプトメリアに教えられた。


二頭の子グマは、追いかけっこに取っ組み合い、

波打ち際に行って前肢で海水をはね散らし、打ち上げられた海藻か何かをくわえて引きずり、

と、めまぐるしく遊び回っている。

やがて、現れた時と同じように唐突に、森の中へ走り去っていった。


しばらく待ってから、アマリリスは決心を固めて歩き始めた。

四方八方に走り回った足跡の上を早足で通りすぎ、ずいぶん先まで行ってからようやく後ろを振り返った。

巨大ひぐまが彼女を追いかけてくるようなことはなかった。


ほっとして足を緩め、アマリリスはさっきの子グマの愛らしいやんちゃぶりを思い出して微笑んだ。


少し意外に思えるが、クマにとってオオカミは、恐ろしい天敵でもある。

幼い子グマが、母親の目を掠めて殺されることがあるらしい。

そういう事情でか分からないが、一度、成獣のクマがアフロジオンを追い回しているのを見たことがある。


しかしさっきの子グマたちは、彼等の身にそんな残酷なことが起こりうるわけがないと思えるほど屈託なく愛らしい。

刈り入れ後の麦畑で遊ぶいたずらっ子そっくりだ。


気のせいか、草原のタルバガンも今日はのびのびして、アマリリスがすぐそばを通っても、警戒音すらあげずに悠々と草をかじっていた。


彼らを脅かす捕食者の不在を知っているのだろうか。

しかし裏腹に、アマリリスはなんだか心細かった。

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