第42話 暗がりの焔#3
あまりすぐ側に立たれて、上から覗き込まれるようだと、その、都合の悪いことが。。。
アマリリスは窮屈な円筒の中で体を縮め、下唇すれすれまで湯に浸かった。
しかしアマロックにそういうよこしまな思惑は見受けられず、呼び止められて入ってきた狭い空間で、若干手持ちぶさたな様子でぶらぶらしている。
アマリリスはこっそり、横目で追っていた。
森で会うアマロックは、オオカミとなって獲物を追う獣であり、臨海実験所の建物の中では、ファーベルの兄としての役割がある。
そのどちらでもないアマロックとこのまま何も話さず、立ち去られてしまうのは、何だか残念な気がした。
「・・・笛、出来た?」
「うん。」
アマロックがポンチョの下から、昼間削っていた笛を取り出して見せた。
「何か弾いてよ。聞きたい。」
「何がいい?」
「何でも。。
アマロックが好きな曲でいいよ。」
「ふむ。
じゃぁ、この間仕入れた新曲をひとつ。」
暗がりの中、アマロックが横笛を持ち上げた。
1音1音に強く力を込めた出だしから、流れるような主旋律が続いた。
雰囲気からして、生体旋律ではない。
優雅で雄大で、どこか物悲しい、ラフレシアの歌曲だろうか。
低く圧し殺したように、 かと思えば一気に感情の高みに駆け昇るような、アマロックの内から出てくるのは何だか意外な気がする曲。
旋律は湯気と一緒に、狭い小屋の出入り口から、広い外界へと流れ出ていった。
壁と屋根に切り取られていびつな四角に見える空は、いつしか薄暮の桔梗色に変わり、このあと長い時間をかけてゆっくりと闇に沈んで行く。
隣の台所の窓の明かりが、ハマエンドウの這う地面の上にオレンジ色のかげを落としている。
けれど小屋のなかには明かりがなく、もうほとんど真っ暗だった。
実は、魔族は人間よりも相当に夜目が利くことをアマリリスは知らず、油断してドラム缶のへりに肘を乗せ、火照った背中を冷やしていた。
演奏が終わると、アマロックは
そして何と、アマリリスが浸かっているドラム缶の足元、赤く燃える薪の間にぽんと投げ込んだ。
「燃やしちゃうの!?」
アマリリスはびっくりして身を乗りだし、土台の煉瓦を積んだ間から、闇の中に延びる赤い光を覗きこんだ。
断熱と安定のために、ドラム缶の底に並べてある安山岩の塊が、彼女の素足に蹴くずされ、がろんと虚ろな音を立てた。
「うん。
しばらく弾く機会がなくなるから。」
「だって、せっかく作ったのに」
「生木の笛だからね。
もともと、乾いてくるとすぐにダメになっちゃうんだよ。」
「。。。」
それでも残念な気持ちが収まらないアマリリスを、アマロックは闇の中からじっと見つめているようだ。
はじめて森に行って迷ったとき、あのイチイの茂みを背にして立っているアマロックを思い出した。
「気に入ったんなら、また今度作ったときに聞かせてあげよう。
リクエストを考えといてくれ。」
遠ざかる足音がして、アマロックのシルエットが外の白夜の中に出ていった。
ひとり取り残され、やがて寒気が戻ってきて、アマリリスはすごすごとお湯に体を沈めた。
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