第36話 叢林の行者

「・・・あれ。」


「よう、バーリシュナお姫さま。」


「どしたの? こんな所で。」


いつもとは逆にアマリリスが尋ねた。

オシヨロフの台地から少し下った、ケショウヤナギのまばらな林。

いつも森の奥の方で獲物を追っているアマロックを見掛けるには、珍しい場所だ。


ファイフをね、作っておるのだよ。

そこに生えてる竹が、材料にちょうどいいんだ。」


あぐらをかいた膝の上で何やら削りながら、アマロックは顎で側の茂みを示した。


「それ、自分で作ってたの?」


「そうだよ。」


「はー、大変そう。」


「まぁね。

今日はもうメシも済んだし、のんびりやるよ。」


手元に視線を落としたまま、アマロックは答えた。


「ふぅん、、、

がんばってね。」


「おう、ありがとう。」


しばらく行きかけて、アマリリスはやはり気になって振り返り、アマロックのところに戻ってきた。

アマロックが座っている平たい岩によじ登り、並んで腰かけた。


鮮やかなみどりの木管に、小さな鎌の刃のような三日月型の刃物を当て、丹念に削っている。

少し離れた所からは手元がほとんど動いていないように見えたが、こうして覗き込むと、その繊細な作業には息を飲むほどだった。


吹き口らしい大きめの穴はもう削りあがっていて、今は3つ目の鍵孔を削っているところだ。

小指の爪くらいの幅の円に沿って、なめらかに刃をすべらせるにつれ、切っ先が接する一点から、きれいな螺旋を描く切り屑が、まるで魔法の糸のようにするすると生まれてくる。


「すごーぃ。。。」


アマリリスは小さく呟いて、ちらりとアマロックの横顔に目をやった。

けれど紫紺色の髪の垂れかかった金色の瞳はまるで動かず、ただ、刃を操る指先だけが一定の動きを繰り返している。


やがて、孔の中で削り残っていった小さな円錐が切り抜かれ、木管の内側にぽとりと落ちた。

アマロックは管を軽く振って削りかすを追い出し、吹き口に近い側の端を親指で押さえて息を吹き込んだ。


空の高いところで風が鳴っているような、何とも柔らかな音がした。

アマロックはもう片方の手で、三つの穴を押さえたり離したりして音を確かめている。

まだ音楽になる以前の、原始的な音階が流れ出てきた。


簡単に確認して、アマロックは次の孔に取りかかった。

アマリリスはさすがに飽きてきて、ひとりごとのようにじゃぁね、と言って岩から降りた。

さっき行きかけたあたりまで来て振り返ると、アマロックはやはりまるで動かず、瞑想する行者のような姿勢で、くさむらから突き出た岩の上に座っていた。

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