第23話 少女と拳銃

アマリリスの返した長靴と入れ替わりに、ファーベルは実験所の納屋から、こまごました荷物を持ってきて、船着き場のスロープに広げた。


何かの植物のつるを編んだ大きめのカゴが3つ。

きっと帰りは、野山の幸で一杯になっているはずだ。

今はぺしゃんこの容れ物に、ファーベルが昼食に焼いてくれたピローグの包みを入れた。


時間があれば川で釣りをしようということで、釣糸と針と浮きのセットが3つ。

釣りざおは、邪魔になるので現地調達にする。

そのために、木の枝を伐る鉈をひとつ。


最後にファーベルは、一挺の拳銃を取り出し、弾丸を一つづつ確認しながら込めていった。

軍用の、かなり大型の銃だ。


「狩りをするわけじゃないの。

イザという時の、お守りっていうか。

空き缶とかしか撃った事ないから、動くものには当たらないと思う。」


森の中で、実際に銃を使うような目にあった事もないと言う。

少し意外だった。

幻力マーヤーの森、なんていったら、三歩進むごとに魔族や獣が襲いかかって来るような所をイメージしていたが、案外そうではないらしい。


「撃ってみる?」


弾込めの手つきを食いいるように見ていたヘリアンサスに、ファーベルが微笑んだ。


「いいの?」


「うん。練習しよ。

あたしより上手くなったら、このピストル、ヘリアン君にあげる。」


ファーベルはどこからか、海獣の椎骨ついこつを幾つか拾って来て、浜に転がる丸太の上に並べた。


「えっと、足を肩幅に広げて、肘を伸ばして。

手はこう。」


ファーベルは、小柄な体には不釣り合いに大きな拳銃を、なかなか堂に入った風情で構え、引き金を引いた。

標的が豪快に破片を飛び散らせて消し飛び、荒々しい銃声が浜にこだました。


「はいっ、やってみて。」


渡された拳銃を神妙な顔で受け取り、ヘリアンサスはぎこちなく構えた。


「そう、左手をここに添えて、、、

あー、だめだめ。

撃鉄を起こすのは、必ず狙いをつけてから。」


何だか楽しそうだ。

アマリリスは、戦禍せんかを思い出させる銃声を聞くのもイヤだったが、男って本当にバカなんだろうか。


興味のないアマリリスは、1発撃ってはしばらくしてもう1発が鳴り響く射撃の音を聞き流し、実験所の脇の崖、黒い火山岩の露頭ろとうと、その上の青葉の木々を見上げていた。

雲ひとつない青空を背景に、昨夜の雨にまだ濡れている岩肌が輝き、陽に透ける深いみどりのオヒョウの葉が、かすかな風に揺れている。

気持ちの良い1日になりそうだった。


背後から歓声と拍手が上がった。

5、6発目で、何とか的に命中させたヘリアンサスが、明らかに少しいい気になって言った。


「目の前にシカとか、大きな獲物が出てきたら、これでも仕留められるんじゃない?」


「そんなことして、仕留めそこねて、目の前のシカを手負いにしてごらんなさいな。

銃なしで森に入るより、よっぽど命が危いよ。」


ファーベルが笑っていさめた。


準備が整ったところで三人は、初夏の装いの森へと入っていった。

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