幻力の森の芽吹き
第21話 まぼろしの森
実際に目の前に現れた姿を見ると、まさにぴったりの呼び名だった。
町から戻って数日、アマリリスは実験所の裏手から延びる急坂を登り、オシヨロフ湾を取り巻く台地に立っていた。
足元の、臨海実験所の赤い屋根の脇で、ファーベルが物干しに洗濯物を吊るしている。
空も海も、今日は青く穏やかで、風も優しく、ほんのりと暖かい。
トワトワトには珍しい、眩しいほどの日差しが降り注ぎ、木々の若葉がキラキラと輝いている。
そして、岬の台地も含めて山手側には見渡す限り、みどりの若葉をつけた、木々の茂りが続いている。
目にしてはじめてわかる、圧倒的な光景だった。
アマリリスの故郷、ウィスタリアには、天然の森というものは存在しない。
数千年かかって、人間が利用可能な土地は残らず
アマリリスの故郷の村にも、カエデやカシの繁る森はあったが、それはたきぎや、肥料にする落ち葉を集めるために、あるいは秋のキノコや木の実を取るために、人間の手で維持されてきたものだ。
神話の時代まで遡る遠い昔には、今では人の住めない荒れ地になっている場所も含めて、カラカシス全体が 、キリクス松やブナの森におおわれていたと言うが、今ではその面影はどこにもない。
しかしここ、トワトワトは、ギルガメシュ王の時代のままでいるようだった。
この高台に登ると見える、白い雪に覆われた高山の下の幅広い領域を、アマリリスは特に気にもせず眺めていたが、
やがて海岸の木々が芽吹くのに一足遅れ、単調な赤みがかった灰色が、麓の方からほのかなみどりに塗り替えられてゆく段になって、そこが一面に広がる大森林であることに気付き、愕然とした。
日に日に葉を広げる木が増え、ぼんやりしたモスグリーンは、強く濃い緑にかわり、
たった一週間ぐらいで、荒涼とした死の世界に、
これが夢や幻でなくて何だろう?
何度見ても消えない、触ることもできる幻。
けれど実際に手に触れるものは、やわらかな若葉や、華奢な小枝なのであって。
あたしを圧倒し、この胸を埋め尽くすものは、やはり幻なのかも知れない。
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