第18話 トワトワトの岩#1
「なんて言うか、冷たいですよね、フンイキが。」
「そう感じるかね。
まぁ、決して情操を育むような自然ではないからのぉ。」
「でも、ファーベルはとっても優しいのに。あと博士も。」
「ありがとう、忘れんでくれて。
まぁ、膝を割って話せば皆気のいい連中なんだがね。
寒流の海に洗われ、雪嵐に削られるうちに、こうなってしまうんだろうな。」
「あー、あのペンギンも寒そう。」
アマリリスはクリプトメリアに借りて着ているオーバーの上から自分の体を掻き抱き、上空を見上げた。
港の入り口に聳え、背後の船着き場を護る天然の防波堤となっている巨大な岩塊。
オロクシュマ・トワトワト、『トワトワトの岩』を意味する港の名前の由来になった、高さ数十メートルの絶壁のそこらじゅうで、
冗談みたいにカラフルなくちばしの、ぶかっこうな鳥が巣をかけ、鳥というよりはセミのような飛び方で、目まぐるしく行き交っている。
「ありゃ、ペンギンではないのう。
ワライピリカという鳥だよ。」
クリプトメリアに笑われ、アマリリスは口を尖らせた。
「あーもう、寒い!
留守番してればよかった。」
小刻みに震えながら足踏みをして、うっすら涙まで浮かべているアマリリスが、クリプトメリアは憐れになってきた。
食料ほか日用品の買い出しと、本土に注文した研究資材の受け取りのために2週間ぶりに船を出したが、アマリリスはずっと船室にこもって震えていた。
日差しが出たのも束の間、ベルファトラバ海の重苦しい曇天に、時おり霧雨まで混じり、気温は上がらず、雪が降ってもおかしくない寒さだ。
クリプトメリアにとっては、トワトワトの『いつもの悪天』だが、南国育ちのアマリリスには辛いのだろう。
とはいえ弟のヘリアンサスは港に着くなり、上着も着ず、ファーベルと一緒にはしゃぎながらどこかにすっ飛んでいってしまったのだが。
「何か温かいものでも飲むかね?
ココアはどうだ。」
「大丈夫です。」
意外な即答が返ってきた。
「大丈夫と言ってもだな、
見てるこっちがカゼをひきそうだ。
それ、そこの店に入ろうか。」
クリプトメリアに促され、アマリリスは船着き場の出口のところにある、番屋風の食堂の低い軒をくぐった。
足元は土間で、クリプトメリアは背を屈めないと頭をぶつけそうな梁が巡り、丸木の柱に支えられている。
ランプを点してもまだ暗い店の奥からのそのそと、人間の干物のような老婆が出てきた。
ひどい訛りで、何を言っているのかまるで分からないラフレシア語でクリプトメリアとやり取りをして、店の奥に戻っていった。
「わしゃ、ちと郵便局で用事を済ませてくる。
終わったら迎えに来るよ、ゆっくり暖まってなさい、帰りもまた寒い。
ついでにファーベルとヘリアンを捕まえてくるよ。」
クリプトメリアは店の奥に声をかけて、外に出ていった。
店の中は、ストーブで焚かれる石炭の熱がこもり、空気が悪かったが、外の寒さよりはましだった。
やがてさっきの老婆が、ザクースカのつけ合わせと一緒に運んできた飲み物は、確かに暖まるが、明らかにココアではなく、アルコールが入っている。
まぁいいかと飲むうちに、ほどなく体の芯から、ポカポカと暖かくなってきた。
やっと余裕が出てきたのと、そうすると今度は陰鬱な店内が息苦しくなってきて、アマリリスは雲母板の
やがて低い軒をくぐって外に出た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます