第14話 自己組織化
やがて博士は再び話しはじめた。
「参考までに、魔族がどんな生き物か教えておこう。
アマロックは、ああやって流暢なラフレシア語を話す。
だが魔族には、彼ら固有の言語があって、これは人間の言語とは、根本的なところで互換性がない。
ラフレシア語、ウィスタリア語といった、単語や文法レヴェルのバリエーションとはわけが違う。
鳥と魚の間では意思疏通が成立しないように、生来の魔族と人間は会話することが出来ない。
では、3年前に私達がやってくるまで、
人間と会話する機会がなかった、つまり、普通我々が母国語を習得するようなやり方で人間語に接する機会がなかったはずのアマロックが、なぜラフレシア語を話せるのか。
わかるかね?」
「・・・いいえ。」
「これを可能にしているのが、自己組織化の能力だ。
現在のところ、魔族と、ウズムシ属の扁形動物の一部で確認されている。
一言で言えば、摂取した生物体から、その個体の生体旋律や、獲得形質を吸収し、自分の獲得形質として再構築する能力だ。
アマロックがラフレシア語を習得したのも、この自己組織化の能力によって、人間の大脳言語野から直接、言語基体を読み出した可能性が高い。」
「・・・はい。」
「良く分からなかったようだな。
つまり、アマロックがラフレシア語を話すのは、
あいつがラフレシア語を話せる人間を殺して、
喰ったということだ。」
「・・・はい?」
「ここトワトワトも、全く無人の土地というわけではない。
所々に漁師の集落はあるし、毛皮を求めて移動するキャラバンもいる。
分かっているところで、年に必ず何人かは行方不明になるし、
集落がまるごと消えてしまうこともある。
無論その全てが魔族の仕業ではないだろうがね。」
アマロックが人間を殺して、食べた。。。
ピンとこなかった。
「幸いファーベルになついているから、この実験所にいる人間には、害をせんよ。
だが、覚えておきなさい、人間の形をしているし、言葉も話すからだまされるだろうが、
あれは人間とは全く別の生き物、野性の獣なんだ。」
アマリリスは相変わらずきょとんとした顔をしていた。
クリプトメリアの意図は最後が重要だったのだが、内容が内容なだけに、すべてが何かたちの悪い冗談のように受け取られてしまったのも、無理はなかった。
クリプトメリアは、自分で確証の持てないことに意見するのは嫌いだった。
そして彼はこの娘がよく分からなかった。
いや、彼女に限らず、人間全般がよく分からないと感じていた。
何も言わず、なすがままにさせるべきなのかも知れない。
明日の姿を想像するのも恐ろしいほどの失意にあったアマリリスが、急に全てを忘れ去ってしまったかのように甦り、回復しつつあること、
残酷だが、彼女を苦しめることにしかならない父親の捜索を諦め、かわりにこうして気ままにウロウロするようになったことを、素直に喜ぶべきかも知れない。
それでもクリプトメリアの良心は、彼女に対して、警告を与えずにはいられなかった。
アマリリスの心の中は分からない。
ただ彼に言えるのは、人間が魔族に接近しすぎること、
相手に人格を期待して接することは、ある特殊な条件下を除いてほぼ確実に、人間の側に不幸をもたらすという、一般的な事実だけだ。
それをどう受け取り、行動するかという判断は、彼女自身のものだと考えていた。
オルガンの自動再生が、始まりと同じように静かに終わった。
「さて。もう何時だ?メシにするか。」
「あー、おなか空いたぁ。
今日の昼ごはん、何かな。」
停止したオルガンを残し、二人は実験棟を後にした。
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