第13話 生命の音楽
「お望みとあれば、聞いてみるかね?生命の音楽を。」
「えぇー、聞きたい聞きたい!
いいんですか?」
「お安い御用だ。
ちょうどここに、再生用に処理したホヤの組織がある。
嬉しいね、オーディエンスがいるのは。
ファーベルの奴は、この自然の芸術をてんで理解せんのでなぁ。」
クリプトメリアは本当に楽しそうに言って、譜面の傍らのシャーレを取って立ち上がった。
演奏台左のごつい機械部分の、ハッチの一つを開け、中にシャーレをセットする。
バルブやレバーを幾つか手早く回し、今度はせかせかと右側に戻ってきて、ボタンやツマミを幾つかいじくり、最後に赤い丸ボタンを押した。
鍵盤の下に並んだ、赤と緑に光るボタンが点灯の配列を変え、おびただしい数の音栓がいっせいに動き、
鍵盤が、自動的に動き始めた。
音はパイプオルガンに似ている。
しかし旋律は、故郷で耳慣れた讃美歌とも、マンドリンの伴奏の恋の歌とも違う。
聴衆に訴えかけ、歌い手の側に聞き手を引き入れるような抑揚に満ちた曲ではない。
静かに淡々と、耳を傾ける者にはまるでお構いなしに、虚空に向かって音を発し続けるような、捉えようによっては単調な曲。
けれど、とても美しい。
アマリリスは目を閉じ、うっとりと、その耳に心地よい音の流れに感覚を委ねた。
まるで
「きれいな曲ですね。」
「そうだな。不思議なものだ、生物の構造を決定する符号を、人間の可聴音に引き直しただけのものが、われわれの耳に美しく響くというのは。」
クリプトメリアは満足そうに、誰の手からも離れて上下する鍵盤の列を眺め、操作盤のツマミを僅かに動かした。
「アマロックが弾いていた曲に似てるわ。」
不意に飛び出したその名前と、ゆたかな色彩を帯びた声に、クリプトメリアはぴくりと片方の眉を上げた。
「・・・あいつが弾くのは、半分はここで鳴らしている生体旋律を、聞いて覚えたものだよ。
似ているだろうね。
生体旋律は、個々の生物の数だけあるが、その起源はひとつだ。」
「へえ、すごいですね。
楽譜とか見ずに、耳で聞いて弾けるんですか。」
自分にはとても、口ずさむことも出来なそうに思えた。
「魔族は人間よりずっと耳がいい。
それに、外部の生体旋律そのものまで自己組織化する能力を持った生き物だ。
可聴音の旋律を再現するなぞ、簡単なことだろうよ。」
「何ですか?自己組織化って。」
「広義での学習の一種だが、、
外部からの刺激を神経系が記憶する形での、いわゆる学習とは、仕組みがだいぶん異なる。」
クリプトメリア博士が言葉を切り、少しだけ、さっきの真剣さを連想させる視線になった。
アマリリスは微笑んで小首を傾げた。
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