第6話 ミサゴと災厄の違い

アマロックは、実験所のすぐ裏から広がる、広大な森林に暮らす魔族だった。


魔族とは、この物語の世界に生息する、奇妙な生理的、生態上の特質を持った生物の総称である。


この惑星はかつて、無限といえる程に広大で、

人の踏み入れたことのない、太古から続く深い森や、遠い大洋を隔てた未知の陸地が、世界のほとんどを占めていた。

それら、人智の及ばない土地は『異界』と呼ばれ、人と獣が半ばするあやかしの種族、『魔族』が住む世界だった。


魔族は人の姿を持ち、人語を解し、一方で異界のみに暮らして人里には寄り付かず、時に獣に姿を変え、人を襲う。

幻力マーヤー』と呼ばれる、怪しげな超能力で人間を操り、意のままにしてしまう。


魔族には魂がない。

善良を尊ぶ心も、友愛を重んじる心も、他者の苦しみを分かち合う心も知らない。

魔族は涙を流さない。


――そんなところが、魔族について一般に人が抱くイメージだろう。


冒険と迷妄の時代は過ぎ、今や、トワトワトのような辺境を除けば、世界は人間のものになった。

人間が徐々にその世界を広げてゆく過程で、彼ら魔族は時に神とされ、時に悪魔であり、前世紀には、退廃的な幻想文学の題材に好んで用いられ、

いずれにせよ、異界でしか生きられない魔族は、異界と共に消えて行き、世界の大半の地域では、魔族そのものが伝説となりつつある。


そんな科学と進歩の世紀、世界を覆う未開と謎のヴェールはすべて取り払われたかと思ったが、

開化の時代の科学者、クリプトメリアをもってしても、この魔族という生物は、何とも捉えどころのない、頭の痛くなるような存在だった。



普通の生物で言えば、例えば『ミサゴ』はいち生物種の名称であり、『猛禽』は、ミサゴを含む複数の種を束ねる名称だが、そういった、種、ないし種のグループとして、魔族という自然分類があるわけではない。


ちょうど、人間を苦しめる諸々の事態が、実体は疫病だったり、戦争だったり、成因も現象も全く別でありながら、ひとくくりに『災厄』と呼ばれるように、

一言で魔族と言っても、その姿かたち、生存戦略は多様であり、いくつかの特徴的な性質によって、漠然とひとまとまりに呼びならわされているに過ぎない。


魔族を特徴づけるもっとも明瞭な性質が、『多重表出型』という生理機構だった。

複数の生物の姿かたちを取ることの出来る、いわゆる変身の能力である。


節足動物で見られる、幼虫から成虫などへの変態とも異なり、まったく別の生物の姿を、瞬間的に、双方向に取り替えることが出来る。


人間のような大型高等生物から、肉眼では見えないような原始生物まで、有性生殖を行う生物は全て魔族の表出型となる可能性があり、

魔族の間にしか保存されていない表出型というのも、多数存在する。


また、変身前後の重量が維持されれば、一頭の魔族が取る表出型の組み合わせに制限はなく、

豹と、レイヨウの姿を取る魔族や、オオワシとヤマネコとイトウの組み合わせの魔族の存在も報告されている。


しかし人間から見た場合、もっとも関心を持って見る魔族は、当然というか、人間と、他の獣の表出型を持つタイプで、通常、単に魔族と言う場合、狭義としてこの半人半獣を指す場合が多い。

オオカミ、ヒョウ、アザラシ、コンドルと、およそ人間と重量の近しいあらゆる獣について、このタイプの魔族が報告されており、

アマロックもその一種、オオカミと人間の表出型を持つタイプと推定された。

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