第3話 世界の天辺の閃光

少年はアマリリスの前に立ち、しげしげと彼女の瞳を覗き込んだと思うとーーー、

わずかに背を屈め、彼女にくちづけをした。


その動作があまりにも自然に、流れるようで、アマリリスは何が起こったのかも分からなかった。


その瞬間、脳内に白い光がはじけ、思考を失った。

手足からは力が抜け、アマリリスは糸の切れたあやつり人形のように、かろうじてその場に突っ立っていた。

もしこの少年に悪意があったなら、アマリリスはなす術もなく生命を奪われていたことだろう。


どれくらいそうしていたのか。

アマリリスは不意に、大きな音で我に返った。誰かが大声で。。。


「アマロック!!」


クリプトメリア博士の声だった。

それは怒号というわけではなかったが、アマリリスやファーベルには見せない、

厳然とした響きを帯びていた。


「お前、何してる。」


アマロックと呼ばれた少年は、感情の読めない視線で博士をゆっくりと眺めて言った。


「笛を吹いてたらこの子がきた

別に何もしていないよ」


「何もしてないってことはないんじゃないか?

それとも何だ、横笛ファイフの吹き口と、そのバーリシュナお嬢さんを間違えましたとでも言うつもりか。

どういう演奏家だ、お前は。」


何だかアマリリスは自分の方が悪いことをしたような、いたたまれない気分になってきた。

少年は、あくまで白々しい口調で言った。


「綺麗な子だったものだからね。

どこから来たんだ? このバーリシュナお姫さまは。」


クリプトメリア博士と会話しながら、しかし

その視線はまっすぐにアマリリスを見つめていた。


「もういい、山に戻れ。」


クリプトメリア博士はため息と共に言った。


少年は二人に視線を向けたまま茂みの方へあとずさり、森に溶け込むように見えなくなった。


「。。。キスされちゃった。」


アマリリスはそのばら色の唇に指先で触れて小さくつぶやき、自分の言葉に赤面した。


「大丈夫かね?何も、、、というのはそれ以外に、

何かされなかったかね?」


「ええ、別に。誰です? 近所の子ですか?」


言ってからアマリリスは、この場所に近所などあり得ないことを思い出した。


「ここいらの森に住んでいる、魔族だよ。人間じゃない。」


「マゾ・・・苦?」


そのラフレシア語が意味するものを思い出すのに、時間がかかった。


「ウィスタリアには、おらんだろうな。

トワトワトには今でも、あやかしのやからが生息しているのだよ。」


「魔族・・・あれが。」


「不快な思いをさせてしまって、すまない。

先に伝えておくべきだったな、

全く、魔族というのは何をしでかすか分かったもんじゃない。あとできつく言っておくよ。

・・・だが大丈夫、ファーベルに馴ついているから、何だ、その、悪ふざけ以上の害は・・・」


あれこれと弁明するクリプトメリアの言葉を聞き流し、アマリリスは少年が消えていった森の方を、ぼんやりと眺めていた。

さっきの不思議な幻影の名残りのように、枯れ草や落ち葉の下から、仄かなみどりの若芽が覗いていることに気がついた。



この日の出会いが、彼女のその後の人生を変えた。


アマロックの接吻は、半ば破壊的な方法で、アマリリスの頭脳の配列を変え、

アマリリスという同じ人格でありながら、その思考のありかたを大きく変化させていた。

だがそれが次第に明らかになって行くのは、まだ先の話である。

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