第2話 叢林の奏で
遠い昔の夢で見たような、どこかまぼろしのような光景だった。
浜からなだらかに続く、枯れた草地の上、ダケカンバやハンノキの群生に混じって、ひときわ大きな木が枝を広げている。
何百年という年月が経過しているのだろう。
枝が落ちたり、幹の裂けた傷痕が、荒々しい樹形を作り上げている。
直径2メートルを超す幹はごつごつと節くれ立ち、雨や雪によって、灰色に変色している。
その幹に寄りかかるようにして、知らない少年が立っていた。
肩に届きそうなウェーブした髪、透き通るような白い肌、丈の短いルパシカに幅広の帯で腰を締めた、ラフレシアの貧農のような身なり。
その手には萌黄色の横笛があり、近付くにつれてアマリリスの耳に、彼が奏でる旋律がはっきりと、鮮明に聞こえ始めた。
たった一本の笛で奏でられる単純な旋律なのに、
まるでその背後には無数の奏者が控えていて、少年が紡ぎ出す旋律に、少しづつ変奏を加えて幾重にも織り重ねてゆくような、
そんな感覚を呼び起こしてくる。
アマリリスはじっと聞き入った。
冬枯れの景色の中、少年の足元から、鮮やかなみどりが湧き上がった。
若芽は見る間に大きくなり、葉を広げ、枝を伸ばし、少年の背丈を越えて伸びつづける。
つぼみが膨らみ、色とりどりの花がいっせいに開いた。
アマリリスは枯草の間に立ち、自分には触れることの出来ない情景を見ていた。
そこに響く旋律が、凛として美しくあればあるほど、まるでこの世界そのものから、お前には生きていく価値がないと言われているように感じた。
涙がとめどなく溢れ、胸は締め付けられ、息ができなかった。
痛い。生きているだけで、
息をしているだけで、こんなにも苦しい。
誰かたすけて、この痛みから、苦しみから、、
私を許して。
不意に、少年が視線を上げ、
金色の瞳がアマリリスを捉えた。
不思議な瞳だった。
冷徹なようで、柔和なようで、それでいて一切の感情を帯びていないようでもあり。
アマリリスは涙に濡れた頬を拭うこともせず、呆けたように、その瞳に吸いつけられていた。
いつの間にか旋律は止み、鮮やかなみどりの映像は、元の灰色の景色に戻っている。
そして、あれほど苦しかった胸の痛みは、どこかに消えていた。
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