第19話 タイムリミット


「あ、あと半年……? 魔力が大分枯渇してきたとは思ってたけど、もうそんなに期限が迫って来てるの……?」


俺の顔の横に浮かんだセイリュウが、驚きにあんぐりと口を開く。

祠の上にとまるスザクはどこか申し訳なさそうに頷いた。


「すべての魔力が枯渇するときが期限じゃないの。それより前に、精霊が存在を保てなくなる最低ラインがあるのよ。……水槽の魚にも泳げるだけの水が必要でしょう?」


「――も、もし、これからずっと中で眠ってたとしても、その期限は伸びたりしないのかい?」


「これからずっと中で眠ってたとしての期限が、半年なのよ。加えてセイリュウちゃんのそれは水晶が割れた欠片じゃないの。魔力の漏出量を考えればもっと早いかもしれないわ」


「……マ、マジかよ…………」


先ほどまでのハイテンションが嘘のように、セイリュウの顔が絶望色に染まる。

精霊にとって『消えてしまう』ということがどのように認識されているかは分からないが、人間で言う死に等しいことはおそらく間違いない。

最近なんとなく不調だと思って病院に行って、急に余命半年を宣告されれば、動揺するのも当然だろう。

俺もスザクに尋ねた。


「つまり、さっきのスザクの提案は、決して冗談からのものじゃなかったわけだ。ここにセイリュウのペンダントを置いていけば、そのカウントダウンはストップするんだな?」


「いいえ、残念ながら遅くなるだけよ。それに、ここまで減ってしまってると正直微々たる差にしかならないわ。延びてせいぜい、倍の1年ってとこじゃないかしら……」


「それでもまだマシだ。おいセイリュウ、お前は一度ここに残れ。その間に俺がなんとか引っ越し先を探してやるから」


俺はいたく真剣にそう提案する。

しかし、セイリュウから返ってきた反応は、思っていたものとは少し違った。


「…………ロニーに全部を任せて、ここで大人しく待ってろって? 言ってることは分かるけど、ううん……、それってなんか違くない?」


「はあ? 何が違うんだ。せっかくマギアに帰っても、半年で消えてしまうんじゃしょうがないだろう」


「なら、ここで1年待つのも大した違いはないよ。それに『ボクの新しい依り代はこれだ』っていうのがロニーに分かるのかい?」


「――――?」


俺はセイリュウが指摘する問題の意味が分からず眉を寄せた。

そこへすかさずスザクが助け舟を出す。


「ロニーちゃんの言ってることは間違いじゃない。でもね、セイリュウちゃんの感覚的な部分も間違いじゃないの。それがとっても厄介なんだけれど」


「…………どういうことだ」


「問題は全部で3つ。まずはハイドラで霊水晶の素材を見つけなければいけないということ。次はその加工技術を持った人間を探さなければいけないということ。

そして最後に――、精霊と霊水晶にはシビアな相性があるということなの。

セイリュウちゃんのペンダントと似た霊水晶が見つかった。大きくて魔力の純度も高いわ、やったー、とはならないの。セイリュウちゃんが『これだ!』ってビビッとくるものじゃなければ、そもそも依り代足りえないのよ」


「ビ、ビビッと? 何だその抽象的な基準は……。じゃあ何か、こいつが気に入った水晶がなければ、いくら数を集めても無駄ってわけか」


「残念ながらそういうワケなのよ」


俺は思わず顔をしかめ、そしてセイリュウを睨んだ。


「どうしてそんな面倒な仕組みになっているんだ、選り好みしてる場合か……。どうせ寝てばかりいるんだからどれでもいいだろ……」


「に、睨まないでよ。スザクがそう言ってるんじゃないか。それに案外ハイドラではたくさん流通していて、よりどりみどりって可能性もあるよ」


「いや……、さっきの司教殿やスザクの言が正しいとすれば、この水晶は、何百年も前に火山が噴火した際のマグマにより形成された、魔力を特別に含んだものらしい。俺やランタノさんが見つけるのに随分苦労したことも然り、すでに供給は枯渇している可能性が高い……。あとはそうだ、その加工技術を持った人間を探すのは難しいことなのか」


「そのあたりは、精霊窟から出られないワタシには皆目見当がつかないわネ。分かるのは素材だけがあっても意味がないということ。人の手が介入してはじめて霊水晶が完成するの」


「さっきの司教殿は霊水晶に関する文献を保管していると言っていた。そこに関連する情報があればいいが、その何やら特殊そうな技術が伝わっていなければその時点でアウトだ。それからさらに、このバカのお眼鏡に叶うものを見つけなければいけないというんだから……」


せめて先に交渉相手と話をしてから来れば違ったのだろうが、この状況では各ハードルがどれほど高いのか算段がつかない。

果たして半年、ないしは1年というタイムリミットがどれほど切羽詰まっているのか――……。



「――――ボクは、ロニーと一緒にいたいよ」



セイリュウが、ふと改まった様子で言った。


「魔力の残りが半年分だったとしても、ボクの新しい依り代探しをロニーに頼んで、ここでずっと待つだけなんて耐えられない。キミと一緒に行きたいんだ」


「………………」


俺は更なる情報がないかとスザクを窺う。

しかし彼女(?)は小さく首を振って言った。


「ごめんなさいだけど、ワタシに分かる情報はこれくらいなの。出来れば色々とお手伝いしてあげたいけど、籠に囚われた可愛い小鳥には難しいわ。だから、最終的な決断を下すのはアナタ達よ」


「お願いだよ、ロニー。もし半年間なんとか頑張って、それで駄目だったら仕方ない。ボクもロニーもきっと諦めがつくでしょ? でも結局間に合わなくて、お別れもなしに消えちゃうなんて……、あ、あんまりじゃないか……!」


半ば懇願するような視線で俺を見つめるセイリュウ。

俺は天井を仰ぎ、大きく息を吐いた。


「……仮に、ここに残ればいくらでも時間が稼げるというのであれば、連れて行くという選択肢はなかった。だがお前も言った通り、半年と1年では正直言って大した違いはない。お前なしで目的の水晶を探しだして、またハイドラに来てこの部屋に通してもらわなければいけない――、という手間を考えれば、マイナス分の方が勝ってしまうというのも事実だ……。仕方ないか……」


「…………ええと、仕方ないってのはつまり……?」


「とりあえず一度連れて行くことにする。そして今回のハイドラ遠征期間内に、お前をハイドラに置いていくかどうか判断する――、というのが無難なところじゃないかと思う」


「やったぜ、愛してるよロニー!!」


セイリュウは満面の笑みで、俺の首に巻き付いてくる。

俺はそれを引きはがしながら「場合によっては置いていくんだからな!」と釘を刺した。祠の上のスザクが、その様子を眺めてフフと笑みをこぼした。


「セイリュウちゃんの新しい依り代を全力をかけて探し出すっていうところは、もはや前提なのネ。さすが一生の相棒だわ」


すると引きはがされて尻尾を摘ままれたセイリュウが、ふと俺をチラリと見てから言う。


「ロニーにとってボクは、親友だし相棒だし命の恩人でもあるけど……、なにより貴重な研究サンプルだからねぇ」


「――――え、なになに? 研究サンプルって?」


「ロニーはね、そうは見えないだろうけど、魔法のことをカガクテキに解き明かそうとしている、マギアではちょっと名の知れた魔術研究者なんだよ。今すぐじゃないにしろ、ボクたち精霊の謎も解き明かしたいと思ってる。だからここでボクが消えちゃうと色々不都合なんだ。ね?」


「???」


意味が分からないと首をかしげるスザクのリアクションはまあ当然だが、一から説明するとあまりに手間がかかるので割愛させてもらおう。


「お前も案外ドライに俺を見てるじゃないか」


「何年、キミの研究に付き合ってると思ってんのさ。ロニーがどれだけ研究バカかっていうのは嫌ほど知ってるからね」


「研究バカね……。まあいいか。

さて、次の予定もあるし、司教殿やアニカさんをあまり待たせすぎてもまずい。そろそろお暇させてもらおう」


俺は立ち上がって、尻の汚れをはたいた。

随分と長い間話し込んでいた気もするがどうだろう。この部屋にいると時間の感覚もよく分からなくなってしまうようだ。


「ありがとうね、スザク。キミの言った通り、今日ここに来てなかったら大変なことだったよ。今回の問題が何とかなったら、きっとまた必ずお礼に来るから。何か欲しいお土産とかあるかい?」


「ウフフ、そうね。じゃあ次は、ロニーちゃんの研究について、是非詳しく聞いてみたいわね」


「ああ、そんなものでよければお安い御用だ。行くぞセイリュウ」


「じゃあね、バイバイ~」


セイリュウが最後に尻尾を振って、ペンダントへと潜り込んでいったのを確認して、俺は扉に手をかける。


と――、そこで小さく「ロニーちゃん」と呼び止められた気がして振り返った。


「ん? 何か言ったか?」


「…………ロニーちゃん。あの、最後に一つだけお願いがあるんだけれど」


そう言うスザクの声は妙に小さく、おまけになぜか恥ずかしそうにモジモジとしている。


「お願い? そりゃあ俺に出来る事なら構わないが」


「ロ、ロニーちゃんにしか頼めないことなの」


「?」


首をかしげる俺に、スザクはちょいちょいと呼び戻すように羽根を動かした。

俺は呼ばれるがままに祠の横に立ち、スザクの嘴に耳を近づけた。


「……頭をね、その、撫でてほしいの。ちょっとでいいから……」


「頭を撫でてほしい?」


「ちょ、ちょっと、あんまり大きな声で言わないでちょうだい。セイリュウちゃんが起きてきたら恥ずかしいもの……」


「……ああ、なるほど?」


「べ、べ、別に無理にお願いしてるわけじゃないのよ。久しぶりにお話しできる相手に会って、き、記念に? それにハイドラで火の精霊の頭を撫でたって言ったら、ロニーちゃんも誰かに自慢できるかも……、きゃうっ」


精霊なりのなにかプライドがあるのか、早口で言い訳をまくしたてる赤いオウムの頭を、俺は要望通りに撫でてやった。

俺が祈祷室を後にし、精霊窟本堂に戻ったのは、そこから5分ほど経ってからだった。





青い空の下、砂の混じった風が吹く。

視界を遮るものがほとんどない野原だが、足元はところどころ草が生えているだけで、ほとんどが渇いてひび割れた土である。


王都ダボンに到着した騎士団は、ハイドラ王国黒狼軍が普段、訓練に使用しているという演習場に集合していた。

王都から歩いて数十分ほど、立ち並ぶ兵舎の向こう側に王宮が見える他には何もない。

マギアとは随分様子が違うのだろうと思いつつも、肝心のマギア王国騎士団演習場を実際にはほとんど見ていないので何とも言えなかった。



「――ヨハン。ヨハン・F・ナラザリオ。こっちだ」


ふと横から呼ぶ声がして振り返れば、甲冑を着た細身の男が手招きをしている。


「今日のところはとりあえず、各国普段通りの演習を行い、それぞれの雰囲気を観察しあうようにとのお達しだよ」


「普段通り、ですか」


「そうだ。ヨハンは、普段どおりが分かんないのか。だからまあ、今日のところは邪魔にならないところで見学してればいいと思うよ」


「了解いたしました」


「何か困ったことがあったら遠慮なく言ってくれ。まあ、船での様子を見る限りじゃかなりしっかりしてるから、あんまり俺の出番はなさそうだけど」


そう言って人の好さそうな笑みを浮かべるのは、僕がマギア王国騎士団見習いとして仮入団するにあたり、指導役に任命されたルベン・ミコーニと言う騎士だ。


茶色の短髪に垂れ目が印象的なルベンは、騎士団に入って1年目で比較的歳も近い。騎士としての実力はまだ分からないが、同じ船室で数日過ごした限り、偉ぶった様子もなく面倒見のいい男だった。


「しかし異例尽くしだよなぁ。魔術学校の1年生が騎士団に派遣される時点で異例なのに、ちょうどタイミングが重なったハイドラ王国への遠征に参加することになるなんて。俺だったら全力で拒否するだろうよ、胃に穴が開く」


「学長殿と騎士団長殿の間で決まった話だそうなので、僕は何とも」


率直なところ、今回の遠征参加にはとてもびっくりした。

そんなことをして大丈夫なのかと心配にさえなった。

しかし、学長の強い推薦を王国騎士団が特別に許可したと聞かされれば、拒否権などないに等しかった。

王都で会わなければならない人がいるので遠慮しますなど、とてもではないが言う余地はなかったのである。


「よっぽど推されてるんだなあ。まあ、慣れない海外遠征に、諸々の雑務を請け負ってくれる人材がいるのはとっても有難いんだけど、それにしたって限られた枠をひとつ見習いの為に空けたっていうのはどうも――――、っと」


ふとルベンが言葉を途中で切り、俊敏に敬礼姿勢を取った。

すぐにその意味を察して、僕もそれに倣う。


「お疲れ様です、ベルナール団長殿」


「うむ……」


甲冑の下に、筋肉の鎧を着ているのかというほど大きな体の男がこちらに歩いてくる。マギア王国第一騎士団長、ベルナール・バーミリオン――。実際に対面するのは初めてだが、聞いていた特徴通りなのですぐにそうと分かった。


首をきょろきょろと振って辺りを見渡すベルナールに、ルベンが訪ねる。


「……どなたか、お探しでしょうか」


「魔術学校から見習い入団で派遣された者がいるはずだ。確かお前が教育係だったと記憶しているのだが……。ああ、そこの者か?」


そこで初めて視界に映ったらしく、大柄の騎士団長は遥か上から僕の顔を覗き込んでくる。同時に、ルベンが肘で僕の横腹をつついた。


「はい、この者がヨハン・F・ナラザリオ見習い団員であります。挨拶」


「――ヨハン・F・ナラザリオです。ハイドラ遠征に同行許可をいただき感謝いたします」


「そうか。ルベン、しばしこの者を借りるぞ」


ベルナールは短くそうとだけ言うと、僕の腕をがしっとつかみ、来た方向へと引き返していく。僕は急なことに驚きつつルベンを振り返るが、彼も大体同じような表情を浮かべていた。どうやら大人しくついていくほかないらしい。


しばし引きずられるようにして歩いていると、ベルナールが振り返らずに言う。


「……ヨハン・F・ナラザリオ。学長殿から噂は聞いている。氷魔法の扱いに極めて長けているそうだな」


「!」


「マギア王国騎士団の訓練にも参加させないうちから、こんな所へ連れてこられて困惑しているとは思うが、騎士団としても氷魔法の使い手が欲しくてな。是非、ハイドラ王国の者たちに魔術を披露して見せてほしいのだ」


「氷魔法を、披露ですか……? それはつまり……」


「ああ、此度の演習ではマギア王国の氷魔術をハイドラに指南するという大きな目的があるのだ。無論、我が騎士団にも氷魔法を扱える団員はいるが、そこはそれ、どうせ披露するのであれば若くて優秀な方が見栄えがよかろう?」


「……!」


歩く先をよく見れば、ハイドラ王国黒狼軍のテントが張ってあるのに気が付いた。

そしてその前には、黒色の布をまとった屈強な男たちが、僕の方を見ている。


――なるほど。優秀な生徒を騎士団員に貸し出して魔術学校の有用性をアピールしたい学長と、優れた氷魔法の使い手を求めていた騎士団の利害が一致したのが、このハイドラ遠征だったという訳か。


ようやく僕の中で得心がいって嘆息する。

そして、「こういうことなら先に言ってほしかった」と、内心で学長に文句を言うのだった。

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