第11話 遠征のお供
「…………」
思いもよらぬ顔ぶれが並ぶ部屋の隅で、俺はやや居づらさを感じながら、話し合いが終わるのを待っていた。
時折ノノが、待たせて申し訳ないという表情でこちらを見る。
ならば一度部屋を出て、少し経ってから出直した方がよいのではないかと思うが、淡々と会話が続く中でそう言いだすタイミングもまたなかった。
第二王女の私室、厳密に言えば以前パジャマ女子会に呼び出された寝室ではなく、その隣の応接室に俺はいる。
部屋の奥側の椅子に少し身を引いた姿勢で座っているのが、部屋の持ち主たるノノ。そしてそれを取り囲むように座っている男が3人――――。
くるんと曲がった口ひげが特徴的な老人は、マギア王国賢人会の一席に座るジョルダーノ・フェドリゴ。
全員で8人いるという賢人会の面々が、果たしてどのように国政に関わっているのかを俺はよく知らないが、簡単に言えば王が国政を行う上での相談役と言う認識で大きく間違ってはいないだろう。
その隣に座り、オーバーなアクションでひっきりなしに話しているのは、どうやらハイドラ王国から来た使者のようだ。
カラフルな衣服と宝石類を身にまとってはいるが、褐色の肌にぎょろりと大きな目のせいで、気品や雅やかさよりも不気味さが先に立ってしまっている。言葉は悪いが、色のくすんだカメレオンと言った印象の男だった。
最後に、少し距離を離して座っているのは第一騎士団長ベルナール・バーミリオン。
太い眉に黄色がかった茶髪、そして全身を覆う分厚い筋肉。その見た目からは獅子と比喩されることの多い人物だが、その人柄は温和で騎士団員からの信頼も厚い。
幾度か話したこともあるが、良識的で話しやすい印象だった。
しかしそうだな。ハイドラの使者をカメレオン、バーミリオンを獅子と見立てるなら――、ジョルダーノ老は痩せたナマズ。ノノは白鳥といったところだろうか……。
そんな風なことを考えながら俺が時間を潰しているところへ、バーミリオンが俺の方に顔向けて「こちらへ来い」と合図した。
俺は少しだけ迷ったあと、バーミリオンの右隣へ座る。
「待たせてすまなかったな、ローレン。本日貴公がここへ呼ばれたのは、近々予定されているハイドラとの共同演習についての事なのだ」
「――――ハイドラとの共同演習?」
開口一番飛び出してきた話題がさっそく初耳だったので、俺は思わずそのまま聞き返した。
聞けば、どうやらハイドラ王国とマギア王国間で、大規模な騎士団同士の共同演習が計画されているらしい。
両国間では、ヴォルーク王子とノノ王女の婚儀を境に平和協定が結ばれる運びになっている。なればこそ、より互いの文化交流を盛んにするという意味も含めて、此度の演習は良い刺激になるのではないか――、というのが目的らしい。
正確に言えば、マギアの国防を王国騎士団が担っているのに対し、ハイドラ王国のそれは黒狼軍と呼ばれているらしいが、なんにせよ俺とは縁遠い話だ。
そんな話し合いの場に俺が呼ばれた理由が分からないし、さらに言えばわざわざノノを交えている理由もよく分からない。
そんな風に首をひねった俺を見て、ベルナールから説明役を交代したのは、ジョルダーノ老だった。
「共同演習はハイドラにて行う予定となっておる。それに際して、ノノ王女様もお招きしたいとヴォルーク王子が仰せだそうなのだ。婚儀も間近、両国の関係性を他国へも示す意味合いもある今回の共同演習に、ノノ王女も同行なさればその印象はより強まるというわけだ」
「……はあ、なるほど。ハイドラ王国との関係性が良好なのは結構だと思いますけれど、それと俺にどのような関係が……」
すると今度は、ハイドラの使者が言った。
「ローレン様はハイドラ王国内で産出される、とある水晶に興味がおありとか。そこでノノ様より、今回の遠征に同行いただいてはどうかと提案があったのでございます」
「えっ」
俺は思わず声を出すと、向かい側のノノは少し恥ずかしそうに目を細めた。
「先日仰っていたお話を覚えておりまして、ひょっとすると良い機会ではないかと思いついたのです。今回赴くのはハイドラの王都『ダボン』、ハイドラの流通が集約する場所でございますので」
「……そういう、ことでしたか」
ようやく合点のいった俺は、改めて部屋に集まっている面々を見回した。
マギアとハイドラの共同演習が予定され、そこに友好関係の象徴的役割としてノノが同行し、そのノノがハイドラでとれる水晶に興味を持っていた俺の名を挙げた……、というのが事の順序らしい。
なるほど、確かに俺は水晶探しで未だ芳しい成果を挙げられておらず、最終的には自分でハイドラへ赴くのが一番手っ取り早いと考えていた。
そんな折に提案されたハイドラへの遠征はまさに渡りに船と言える――、のかもしれない。
というか、王女から指名されている時点で断る選択肢はないのでは? と考えている所へ、ノノがすかさずに言う。
「これはあくまで私からのお誘いという段階です。ローレン様は多くのお仕事を抱えておいででしょうし、ハイドラに赴くとなれば数日ではすみません。……ただ、私個人としましては、その……、ローレン様にご同行いただけるのであれば、この上なく心強く思いますが……」
――やはり、断るという選択肢はないようだった。
そこへ、ハイドラの使者が身を乗り出してくる。
「ローレン様は氷魔法発見の第一人者であらせられるとも伺いました。マギア王国の氷魔法発見に関しては我が国も興味を持っておりましたが、如何せん扱える者がいない為に、どこまでいっても噂止まりでございまして。今回を魔術指南の貴重な機会とさせていただければ、件の水晶探しに協力させていただくことなどお安い御用でございます。お話の次第では、今後輸出経路の確保などもご相談できましょう。いかがでしょうか」
「こ、氷魔法の指南と交換にですか?」
前のめりな使者と反対に、俺は身を引いてしまう。それは俺が決められる領分の話でない。そう思い、ジョルダーノへ目をやると、老は頷いた。
「……この件に関しては、ヨルク様からの許可も既に下りておる。これより先、平和協定を結ぶハイドラ王国に、氷魔法の技術輸出を渋る理由はないと」
言い方には随分と含みがあったような気がするのは、俺の内心に沸き起こったものと同じ不安を抱かないはずがないからだろう。
つまり、氷魔法の危険性についてである。
氷魔法の存在が一度人目に触れた時点から、噂が流れることは止めようがない。しかし氷魔法の特異性は、存在自体が知れ渡ったからと言っておいそれと真似できるものではない部分にある。ゆえに現在、氷魔法の技術がじわじわと広められつつあるのはマギア王国内でもごく一部だ。
だが、氷魔法の存在が証明されてから既に4年――。
電話もインターネットもないこの世界とはいえ、噂の確実性が知れ渡り、他国がその新魔術を我が国にもと欲しがるには十分。どころか遅すぎるとさえ言える。
恐らく今までヨルクは、そういった要望があっても何かしら理由を付けて断っていたのだろう。しかしハイドラからの要望とあってはそうもいかない。下手に渋れば、平和協定の信頼性が揺らいでしまうのだから……。概ね、そんなところだろうか。外交のいろはも知らないなりの推察ではあるが。
ベルナールが言う。
「となれば、氷魔法の第一人者たるローレンがいるのは我々も心強い。情けない話、お前より氷魔法を扱える騎士団員はいないからな。ノノ様からの信頼の厚さ含め、道中の安全性を確保するという意味でも是非同行してもらいたいと思っている」
「道中の安全まではさすがに責任を負いかねますが……」
俺はそう答えつつ、胸元のペンダントを服の上から撫でた。
温度のない水晶が俺の肌にチクリと触れる。
そしてじっとこちらを見つめているノノを横目で確認してから、頭を下げた。
「ノノ王女様のお心づかいに感謝いたします。ハイドラ王国への遠征、是非同行させていただきたいと思います」
ハイドラ王国への遠征は、3週間後であるとのことだった。
俺はそれが、ちょうどヨハンが騎士団に見習い入団する日取りと行き違いになることにも気付いていた。――瞬間漏れ出た吐息に、全く安堵の念が混ざっていなかったかどうかは正直言って自信がなかったが、国外に遠征に行くとなれば、準備をするにしても、中途半端な仕事を片付けるにしても、なにかと慌ただしくなる。
恐らくヨハンと腰を据えて話すことが出来るのはハイドラから帰ってからになるだろう。そうするとリーキースへの事情説明も急がねばならず、またダミアンにも諸々を報告に行かなければならない。
決断を先延ばしにするなと釘を刺された直後のこれだ。また小言なり皮肉を食らうに違いないと思うとさすがに気が重かった。
全くどうして何事につけタイミングが悪いのかと、研究室に帰る道中、俺はずっと首をひねっていた。
〇
「ハ、ハイドラ王国です!? え、え、どのくらいですか? 何か月もとかだったらテルビーも行きます!」
研究室に戻り、ハイドラ王国遠征の話をするや否や、テルビーがオーバーなリアクションで叫ぶ。
「なんでだよ……。ちょうどいい機会だから、まとまった休みでもやろうと思ったのに」
「休みなんていりませんよぉ。私はローレンさんに馬車馬のごとく働かされていることに快感を覚えているんですから!」
「やめろ、人聞きの悪い! この研究室はかなりホワイトに運営してるはずだろ」
「誰よりも残業しがちな室長が言っても説得力ないですねえ」
「それは――……、だ、だとしても、2人にはほとんどさせていないじゃないか」
俺は一側面の事実を指摘されて少し狼狽えながらも反論する。
しかし、テルビーは「わかっていない」と言う表情で首を振った。
「テルビー的にはそこが不満なんです。私は室長の部下なのですから、もっと頼って欲しい。いやさ、もっとこき使って欲しいんですよ。挙句の果てには、絶対に今日中に終わらない仕事量を押し付けて、間に合わないテルビーを理不尽に怒鳴るとかしてほしいです。それが正しい上下関係というものです」
「それは社畜を飛び越して、ただのドMじゃないか……!?」
俺がツッコむと、テルビーはひとくだり終わったと満足げな表情で椅子に座り直した。彼女とのやり取りは楽しいが毎度ツッコミ疲れるのが問題だった。
「冗談はさておき、あまり長期になると寂しいのは本当です。具体的にはいつからいつまでなんです?」
「出発は3週間後……、旅程は往復合わせて2週間程度と聞いている」
「2週間ですかあ。まあまあまあ、それくらいなら許して差し上げましょう。
――あれ、その間丸々この研究室はお休みになるんですか?」
予定帳に日程を書き加えようとしたテルビーが、ふと顔を上げて尋ねてくる。
無論、各地から送られてくるデータの取りまとめを引き続き行うように――、とお願いすれば2人はその通りに働いてくれることだろう。
しかし、こう言ってしまうとなんだが、当研究室は利益を生むために運営されているわけではなく、ヨルクから研究成果を急いで出すようにせっつかれているわけでもない。そういう意味では非常に恵まれているにもかかわらず、この4年間は比較的忙しく研究に勤しんできた。
なればこそ、日ごろの感謝を示す意味でも研究員に長期休暇を取ってもらうのがよいだろうと思ったのだ。
「たまには息抜きも必要だろ。いい機会だから都外にでも遊びに行ったらどうだ」
「休暇をどう使うかはこれから考えますが、完全にここが閉まってしまうと研究室の運営に差し支えます。事務処理などもあるので」
「そんなものか。じゃあ鍵はテルビーに渡しておこう。失くすなよ」
「心配なら早く帰って来てください」
俺は口を尖らせるテルビーに呆れ笑いを返しながら、しばらく俺たちの会話を眺めていたマリオロークの方を向いた。
「マリオローク様も、しばし研究室は休みと言うことでよろしいでしょうか」
「ええ、私の方は何も問題ございません。孫たちもきっと喜びましょう。ただ、長い船旅ですので、くれぐれも事故などにはお気を付けて」
マリオロークは壁に貼られた地図を横目に見ながら言う。
ハイドラ王国はマギア王国の真南に位置しているのだが、高い山脈を国境としているために、陸路で行くと直線距離で見る以上に時間がかかる。
おまけに季節は冬――、馬車の足が雪にとられて立ち往生という事さえあり得る。ゆえに、今回俺たちが選ぶルートは海路。
ボルナルグから一度東へ進み、そこから船に乗り換えてハイドラへと向かうのだ。
「ノノ王女もおられるのですから、そのあたりは王国騎士団の方々が気を揉んでいることと思いますが……、まあ海の機嫌は風のみぞ知るところですからね。ちなみにマリオローク様はハイドラ王国に行かれたことは?」
「ええ、何度かございますよ」
「どんな国なんでしょう」
俺がそう問うと、マリオロークは記憶をさかのぼるように目線を天井に向けてから言った。
「南の大国……。国旗に狼があしらわれた武の国。精霊信仰はマギア王国同様にありますが、捉え方はやや違うようです。あとは――、通説から言っても、近年の調査結果から見ても、火属性と土属性の適性者がマギアよりも多いという印象でしょうか」
「なるほど、国を象徴する火山があるとも聞きました。果たしてその影響があるのかどうかは、興味深いですね」
「イハイオットという山で、大きな噴火はここ数百年はないと聞いているので大丈夫でしょうが、一応活火山だそうなのでお気を付けください」
俺は地図に顔を近づけ、それらしい山を探す。
「イハイオット火山……、王都からも見えますか?」
「天気がよければ見えると思いますな」
そう言えば以前の世界――、日本を象徴する富士の山も一応は活火山だったと記憶している。最後に噴火したのが数百年前で、国家を象徴する山であるという共通点を見れば、ハイドラ王国のイハイオット火山と言うのも案外似たような山なのかもしれない。
そんなことを考えながら振り返ると、ふとマリオロークが心配げなまなざしで俺を見つめていることに気付いた。同じタイミングで疑問に思ったらしいテルビーが言う。
「どうされましたか? マリオローク様。マリオローク様もついていきたいんです?」
マリオロークはテルビーにそう尋ねられハッとした様子だった。その後、少し困ったように頭を撫でながら笑う。
「いえいえ、そういうわけでは……。というよりはむしろ、逆と言いますか……」
「逆、ですか?」
マリオロークはゆっくりとした動作で立ち上がり、壁に貼られた地図にやや複雑そうな面持ちで歩み寄った。
「これは国王仕えの魔術師、あるいは侯爵としてではなく、あくまで個人的な見解ですが――。私はあまり彼の国が好きではないのです。今代のハイドラ国王とは良好な関係を築けているようでそれはとても良いことだと思います。しかし、先代国王の折は国境の押し合いへし合いが絶え間なく行われ、その諍いの中で失くした友もおりました。もう何十年も前の話ではありますが」
「…………此度取り交わされる平和協定で、その諍いは完全に過去のものになるのではありませんか」
「であれば、何よりです。しかし老いさらばえた過去の者として、多少偉ぶったことを言うのであれば、約束事というのは取り付ける事よりも、維持することの方が難しいのです」
その言葉にはマリオロークが70年近く生きてきたという事実以上の重みがあり、俺の胸にぐっと沈み込んだ。
人がいる以上国があり、国がある以上諍いは生まれる。それが愚かと知りながらも、人々は争わずにはいられないのだ。それは、あちらの世界もこちらの世界も同じなのだと、俺は思った。
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