第25話 私のやり方


「審問会の再開は明日に持ち越されることになった。召集があるまでこの部屋で待機しているように」


そう伝言を伝えに来た教会員の男はあくまで無愛想な態度だったが、その表情にはいささかの戸惑いを隠し切れていなかった。

そこからも、俺と言う存在を教会側が扱いあぐねているのだろう事が分かる。


今更しおらしい態度など取る必要もないだろうと開き直った俺は「ならもう少しマシなシーツかマットを用意して欲しい」と注文を出した。

男はわずかに鼻をピクつかせた後、無言で去っていたのでさすがにダメかと思っていたが、その少し後に別の教会員が寝具を持ってきたので、何事も言ってみるものだと感心した。


俺はベッド(と呼べるようになっただけ大きな進歩)に寝そべって、低い天井を見上げる――。


「あー……、やっちゃったなぁ……!」


やった。やってしまった。

この数ヶ月身を隠しながら生活していたのが台無しである。


しかしまあ、やってしまったものは仕方ない。

それに今大変なのはどちらかと言えば精霊教会側だろう。

精霊教会側がどう結論を出すのか、それは明日の審問会を待つしかない。

ならば考えるだけ無駄だ。あとは野となれ山となれである。


俺は半ば自暴自棄にそう結論づけて目を瞑る。

ダミアン邸のベッドとは比べようもないが、それでも精神的にずいぶん疲れていたことと、部屋が薄暗いこともあって、俺は案外すんなりと眠りにつくことができた。





翌日――、おそらく早朝。

俺は昨日と同じように審問会場へと連れてこられた。


重々しい扉をあけて入場すると、上段の席に座る教会員たちの目線が一斉に俺に注がれる。相変わらず睨みつけるよう嫌な視線ではあったが、昨日のように敵意一辺倒でもない。

あんなに不気味に映っていた審問会場自体も、何故か妙にチープに感じられるのも不思議である。相変わらず傍聴席は空っぽだが、昨日ほどの孤独感もない。

結局はこちら側の気の持ちようなのかもしれなかった。


他に変わっていることと言えば、昨日はなかったはずの手枷がはめられ、会場の壁に沿って並ぶ護衛の数が倍近くに増えたことだ。

それはひとえに、教会員の面前で魔法を披露したことにより、俺の危険度が上がったからだろう。さすがにこんな地下の閉ざされた空間で暴れれば、俺自身自殺行為なのでする訳もないのだが。と、俺はベイジャーの姿を、昨日よりも一段上に見つける。


俺は被告人台に立ち、上を見上げる。

しかしそこで、肝心の審問官席が空であることに気づいた。

見回してみてもそれらしい人物は見当たらない。


待たせるなら椅子くらいあっていいだろうと思いながら、俺がしばらく待っていると、やがて扉が開く音がして人影が現れた。


その際にわずかに会場がどよめいたので、俺は首を傾げる。

そして少し後に、入場してきた人影が1つでなく2つであることに気づいた。


木槌の音が鳴る。


「では――、審問会を再開する。

本日の議題はこの者、ローレン・ハートレイによって書かれた魔術研究資料、および『氷魔法』の是非についてだ」


その宣言により、会場の空気が一挙に張り詰める。

俺の体に、昨日の緊張感がややも蘇ってきた。審問官は続けて、後ろを振り返ってから言う。


「加えて、極めて異例中の異例ではあるが、本日の審問会にはこの方をお招きしている。ローレン・ハートレイは勿論として、会場にいる全ての者は、不要な発言や行動を控えるように」


「?」


俺が誰のことだと首を傾げると、審問官の斜め後ろに座っていたもう一つの人影が立ち上がり、ゆっくりと前に出る。

俺は会場内の心許ない明かりを頼りに、懸命に目を細めた。


立ち上がったのは背が低く、腰が曲がった老人らしい。

ほとんど禿げ上がった頭に僅かに残る毛は、薄く緑色がかっているように見えたが、蝋燭の光の加減かもしれない。

顔面に深く刻まれた皺、垂れた肉の奥から覗く小さな目と、への字を結ぶ口元。


周りの教会員たちも老人ばかりだが、あきらかに10も20も歳は上だろうと思われる。

だが何故だろう、この人物に漂う雰囲気というかオーラというか、遠目からしかも暗がりで見ても【何か】を感じさせるものがその人物にはあった。


その直感を裏付けるように、審問官がその人物の名を呼ぶ。




「精霊教会教皇――、ネロ・モロゴロス様であらせられる。

……何をしている、ローレン・ハートレイ。頭を下げろ」




「…………!?」


俺は、さすがに予期していなかった人物の登場に驚きを隠せない。


そりゃあオーラくらいあるはずである、教皇といえば文字通りこの国の精霊信仰のトップ、最高指導者であり、国王と比肩するレベルの権力者なのだから。

会場が暗いのですぐには分からなかったが、言われてみれば確かに肖像画などで見た姿と同じだった。


お札に書かれている偉人に出会ったような不思議な感情が湧いてきた。

教皇が言葉を発する。


「その方が、件の少年――、ローレンか?」


「――――」


俺は口を半開きにしたままで、恐る恐る頷く。


「……そうか、特段ダミアンと似ておるわけでもないのじゃの」


ネロ教皇はふんとかすかに鼻を動かして、再び席へと戻る。

そして審問官に進行を促すと、自分はむすっとした表情で目を閉じてしまった。



――――なんだ?

なんで、教会のトップがこんな審問会にわざわざ顔を出している?

教皇のタイムスケジュールなど知る由もないが、国の顔ともあろう人物が暇なはずはない。


俺の昨日やってみせた魔法は、教皇を引きずり出すレベルの大事件だったのだろうか。たしかに耳には入るかもしれないが、これから議論が執り行われるという審問会にわざわざ教皇様が足を運ぶ必要はないだろう。


しかし何だろう、この違和感。

いや、もしかすると既視感……? 子供の頃実は遠くから目にした事があるとかではなく、つい最近の出来事で何か……。



そんな俺の動揺など構うことなく、審問会は開始される。

だが良くも悪くも昨日の様相とは打って変わり、もはや俺に対する質疑応答でさえなくなっていた。

どうやら昨日披露した俺の氷魔法は、教会内の意見を完全に二分してしまったらしい。


一方は、例の精霊が見えるという女性筆頭の、

『彼は精霊に深く愛された精霊の使いである。精霊への冒涜の意志がなかったことは、あの異次元の魔法が証明している。彼を今すぐ解放し、むしろ教えを乞うべきだ』という意見。


もう一方は、

『どのような理由があっても、精霊の御業をあげつらうような研究の存在は許されない。彼の使った例の魔術を、当教会は容認しない』という意見。


時に怒鳴り立てながら行われるそれは、もはや議論とすら呼べない、互いの意見の押し付けあいだった。


俺はその様子をまるで他人事のように「こうなっちゃうのか……」と思いながら眺めていた。

当然応援するのは容認派であるが、俺の研究資料にはもはや一切触れずに、精霊の使いだとか化身だとか危なっかしい単語が飛び交っているのが恐ろしい。



「…………」


俺はふと審問官の後ろに静かに座る教皇を見た。

表情はよく見えないが、変わらずただ黙って座っているようだった。





時間は朝日が山際から顔を出して、ややもした頃。

聖堂の前には熱心な精霊教徒が足を運んでいたが、入り口を取り囲むように人だかりが生まれていた。


そしてその原因とは、他ならぬ私であった。

私は教会員らしい1人を捕まえて、問い詰める。


「この聖堂に足を運ぶように偉そうにも命令してきたのは、そちらの方だったと思うが、それがやっぱり帰れというのは一体どういう了見だ。

ただでさえ私の家族を連れ去られて、ハラワタが煮えくり返りそうなんだ。いいから通せ!」


「――申し訳ございませんが、審問会場にお入りいただく訳にはいきません。

これは教皇様直々の通達でございますので、なにとぞご容赦を」


「そちらの事情など知った事か! 教皇だからといって一言言ってやらないと気が済まない!」


「なにとぞご容赦を」


「うるさい! いいから通せと言っている!!」


「申し訳ございませんが、出来かねます」


「話の通じない……! もっと話のわかる者はいないのか……!」


いくら詰め寄っても、教会員は首を左右に振るだけ。

こうしている間にもローレンの立場が危うくなっているかもしれない。しかし審問会が開かれている場所が分からなければ、無理やり押し通っても意味がない。


ローレンが攫われたあの日。

私はカイルの自宅を訪ねており、父親であるドイル・フーゴー司教と面会していた。結局は無為な話し合いに終わり、時間を無駄にしただけだったのだが、今思い返せばやはりドイル司教は恣意的に私の足止めをしていたのだ。

裏で教会員が動いていることを知っていたから。


私は再び湧き上がる無力感に歯噛みした。


背後を振り返ると、さっき見た時よりも見物人は増えている。

自分で言うのも何だが王都ではかなりの有名人である。それが聖堂の玄関で揉めていれば、気になるのは道理。

そうだ、いっそある事ない事ここで喚き散らしてやろうか。そうすればこの話の通じない教会員も多少は焦るかもしれない。


私がそんなやけっぱちな方法を思い浮かべていた時、どこから現れたのか、1人の男が私と教会員の間に顔を挟んできた。


「恐れ入ります、ダミアン・ハートレイ様ぁ。

お話しなら私めがお伺い致しますが、何かございましたか?」


銀髪に細目、不気味なほどに長い四肢。緊張感の抜けた喋り方とニヤついた口元。

だが本能的に危機感を抱かせるようなただならぬ雰囲気。

私は容易く思い至った。


この男が、オランジェットから聞いた昨晩ローレンを連れて行ったリーダー格の男だ、と。


「……何かございましたかとは白々しいな。

うちの可愛いローレンを拉致しておきながら、よくもまあ私の前に姿を晒せたものだ。吹き飛ばされたいのか?」


私が遠慮なしに殺気を放つと、銀髪の男はひょいと一歩退いて両手をひらひらと振る。


「あはは、いやいやぁ。僕を責められても困りますよ。

僕は上の命令通りに動いて、自分の仕事をしただけなんですから」


「ではその上の者とやらを連れてこい。

いや、違うな。私から会いに行く。審問会場へさっさと案内しろ」


「残念ながらそれは出来ません。今はまさに審問会が行われている最中、誰であろうと入れてはいけないと仰せつかっているもので」


そう言った銀髪の男の視線がわずかに動く。

極めて一瞬、瞬きすれば逃してしまうようなかすかな挙動だったが、目線が動いたその方向に私は一つの直感を得る。


「…………なるほど、地下か?」


瞬間、銀髪の男のヘラヘラとした表情が固まり、切れ長の鋭い目が私を射抜いた。


「……さすがに勘がお鋭い……。いえ、今のは僕の不注意だったですかねぇ。

でも、通すわけにはいかないんですよ。通すなと言われちゃっているので」


「そうか、ならば止めてみるといい。知らないかもしれないが魔術には自信があるんだ。貴様もそれなりの手練れだろうが、手加減をするつもりはないぞ」


「まさか王都最高魔術師ともあろうお方が、この公衆の面前でドンパチを始める程、浅はかではないでしょう。お互いの為になりませんよぉ? あなたにも立場と言うものがあるのでは?」


「残念だが、私は今の地位にそこまで執着はない方でな。

むしろやられたらやり返すべきだと考える人間だ。貴様らの横暴に、私の大切な家族が巻き込まれているのだからな」


「彼の為なら今の地位は捨てても構わないと? あっはっは、ローレン君愛されてるなぁ。でも僭越ながら口を挟ませていただくと、その判断は少し性急だと思いますよぉ?」


「――――何? それは、どういう意味だ……?」


「僕もその場にいた訳じゃないんですけど、ローレン君、昨日の審問会でどえらい事しちゃったみたいで、ぶっちゃけ教会の人たち今、上を下への大騒ぎなんです。

今日の審問会がどう転ぶのか、誰にも分かりません。……すべては教皇様のご意思次第です」


「…………!」


どえらい事――、というのが具体的に何なのかは気になる所だが、もし私の送ったメッセージが彼に伝わっていたのであれば、きっと例の魔術のお披露目をした、もしくはせざるを得なかったというのが一番ありうる選択肢。

どう転ぶか分からないと言っていることから、教会内でも意見が分かれているという所だろうが……。


「ここで下手にダミアン様が介入すると、ひいてはローレン君の身が危ぶまれます。ここはひとつ大人しく、話し合いが落ち着くのをお待ちいただくのが得策かと……」


確かにこの男の言う通り、今私が無理矢理割り込むのが得策とは限らない。

しかし――、


「……やはり、気に食わないな。

無理矢理連れ去ったローレンを人質に取ったような物言い。なぜ彼がそちら側の手中にあるかのような物言いを受けなければならない。

そもそも精霊教会として正式な審問会ならば、地下でなどせずに、全国民にも公開をすればいい。貴様たちの様な者の事を、盗人猛々しいというのだ」


「……そぉ~ですか。ではどういたしましょう。

止めろと言われたからには、僕は一応全力で止めようと思いますけど」


「――――ふん」


銀髪の男が全身に緊張感を走らせるのを見て、私はすっと踵を返した。

背後から間抜けな声が聞こえる。


「おや? どうされましたぁ?」


「ここで貴様と闘り合う必要性を感じない。そちら側の態度はよく分かった。私は私のやり方でローレンを取り返すとする」


「…………あはぁ。それは……、とっても楽しみですねぇ」



私は群衆の視線も無視して、足早に聖堂前を去った。

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