第22話 正しさ、間違い①


「名前ぐらいさっさと言わんか。こちらとて暇ではないのだ」


「申し訳ありません」


「……ふん」


審問官は不機嫌そうに俺を睨んでから、手元の資料に目を落とす。


「貴様を本審問会に召喚したのは、先も述べた通り、精霊への冒涜行為が認められたからだ。精霊教会は今回のことを重大に受け止め、本人から直接証言を取り、正しい道へ導くことが目的である」


…………正しい道?


俺は思わず眉をひそめたが、審問官は自分の言葉に誤りなどあろうはずもないという風に淡々と続ける。


「審問会は特別に、今日と明日の2日間を予定している。

これは先ほど名の上がったダミアン・ハートレイ、その庇護下にある者が審問にかけられるという事態の重大性を指し示していると理解しろ。

ダミアン女史からは何やらご大層な信頼を置かれているようだが、そんな事実はここでは何の意味もない。この場では精霊の御心が絶対であり、先入観は真実を曇らせる。

ダミアン・ハートレイのお望み通り、公正な審問を執り行ってやろう。

――この時点で何か言っておきたいことはあるか?」


審問官は薄暗闇の中から不敵な笑みを、こちらに向けてくる。

俺はいちいち鼻につく物言いについては諦め、言葉を選びながらひとつ尋ねた。


「…………。はい、では先にお聞かせいただいても良いでしょうか。もし、あなた方のおっしゃるところの『精霊を冒涜したという嫌疑』が誤りだった場合はどうなるのでしょう」


「――――? どういう意味だ」


「こちらとしては精霊を冒涜したつもりなどありません。あなた方や他の人たちに迷惑をかけるようなことをした覚えもありません。ここに呼び出されていること自体に、些か疑問を抱いています」


「この審問会が不当なものだと言いたいわけか?」


「何か誤解があるのではないかと思います。そしてその誤解を解きたいとも」


「…………なるほど」


審問官は目を細めて頷いた。

すると横の席に座っていた一人の老人がわざとらしく声を上げる。


「歳のわりに存外肝が座っておるものですな。さすがは優秀なハートレイの血筋という訳だ。しかし、君が余計な心配をする必要はありません。此度の嫌疑が真か否かは我々が決めることで、君はただ、こちらの質問に答えるだけでいいのです。分かりますか?」


「……もちろん問われたことに対しては真実を述べたいと思います。しかし、まだ最初の質問にお答えいただいていないのではありませんか。もし、この嫌疑が誤りだった場合、速やかにここから解放していただけるのですか?」


「だから、そのような心配をする必要はない、と言っているのです」


老人が茶化すような言い方で繰り返すと、教会員たちの間にさざなみのような笑いが起こる。


「…………」


発言をした老人は、俺が黙ったのを見てわざとらしい笑みを浮かべながら着席をする。審問官はその様子を黙って眺めているだけだ。


案の定――、という感じだな。


俺は表情には出さないように歯軋りをした。

昨日の半分拉致するような連れ去り方からも察することが出来たことではあるが、やはりこの審問会は、はなから結論ありきの既定路線だ。

俺は精霊を冒涜した。その前提からこの審問会はスタートしており、彼らにとっての危険思想の内情を炙り出すための会議である。


ダミアンの求めた公明正大な審問会など、元よりどこにもないのだ――。


しかし、俺が予期できるようなことならば、ダミアンも感づいているはずだ。

にもかかわらず彼女が分かりやすく喧嘩を売るような陳情書を提出したのは、ひとえに俺へ、彼女の立場と姿勢を伝えるため。



『やりたいようにやって構わん。私はお前の味方だ』



そんな彼女の声が聞こえた気がした。


俺は深呼吸をしてから、無表情の審問官に目線を戻した。


「自分の立場は理解しました。では、改めてお聞かせいただきたい。

精霊への冒涜とは一体何のことです。俺はどのような罪を冒したというのでしょうか」


「いいだろう。では早速本題に入る」


審問官はそう言うと、紙の束を手にとり頭上に掲げた。


「『魔法物理学基礎』と称されたこの資料。ここに署名があるが、この資料は貴様のもので間違いないか」


「……確かに間違いはありません、が……、その資料がそちらの手にある理由については分かりかねます。それは俺の私室に保管されていた個人的なもののはずです」


「この資料をどのように入手したかについては、貴様に説明する必要はない」


「…………その事は、貴方たちの言う正しい道から外れてはいないのでしょうか?」


「これが我々の手にある事自体が、精霊の導きである」


物は言い様だな、と俺は内心で毒づくが、ここでいくら反論しようとも資料が精霊教会の目に触れてしまった時点で意味はない。

俺自身の失態である。


「ではその資料がどのように道に外れているというのでしょうか。あなた方の言う正しい道とは何のことですか」


「言うまでもない。精霊教教典に則った、人のあるべき道である。

世界は精霊が作りたまい、人間はその創造物、魔法は奇跡の副産物。ゆえに精霊を軽んじるような考えは我々の命や歴史を軽んじることであり、ひいては人々の信仰心全体を揺るがしかねないのだ。穀物は一粒腐れば周りをも腐らせる」


俺はそれを聞いて思わず眉を顰めた。

筋は通っているように聞こえるが、しかし、この場のたとえ話としては出来が悪くはないだろうか。


「……ではこの審問会は、腐った穀物を掬い取る為のものだと? 腐ったものはもう食卓には上らないでしょう。その粒はもう避けて捨てられるだけではないんで――――ッ」


俺がそう言った瞬間、後頭部に強く弾かれるような衝撃が走る。

振り返ると背後に立っていた黒装束の大男が睨んでおり、頭を撫でると僅かに濡れている。どうやら水魔法を食らったらしい。


大男は低く唸るような声で言った。


「揚げ足を取るような口を聞くな。自分の立場を今一度よく考えろ……!」


「つ…………」


俺がそれでも納得いかないような顔をすると、大男はさらに腿を蹴り上げてくる。

正面には理不尽に教義を押し付けてくる老人たち、後ろには物理的に攻撃をしてくる大男。何が審問会、何が博愛と平等の精霊協会か。


とんだ茶番に巻き込まれてしまったものだと、俺は一周回って可笑しくなってきた。


「しかし、信仰心なんて人それぞれです。それに目に見えるものでもない。その資料の何をもって、俺に信仰心が足りないとおっしゃるのでしょうか」


「……問題はここに『魔法とは精霊による奇跡の御業などではない』と書かれている事だ。また、魔法とは属性の隔たりなく、魔力ある者全てが等しく身につけ得る技術である、などと述べている。6の精霊を祀る精霊教会としては、まったくもって馬鹿げていると言わざるを得ない。

しかしデタラメとは言え、よくもここまでの量の屁理屈を並べられるものだ。内容に関しては、やけに細かく小難しい言葉が並べ立てられているが……」


審問官は目を細めながら、ペラペラと資料をめくる。

そして少しの沈黙ののちに、声を落として問うた。


「…………これを全てを貴様が書いたとは思えない。裏でこの資料に関与している者がいるだろう?」


俺は一瞬その問いの意味がわからず、パチクリと目を瞬きさせた。



「…………は?」


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