第16話 宝探し

1週間が経った。

暴れ象騒動の後始末も一段落し、王都は平生の様子を取り戻しつつある。


そんなわけで、一時休講になっていた魔術教室の再開の知らせが、生徒たちの元へ届けられた。

本日顔を見せたのは、最年少おてんばざかりのルフリーネ、マイペースな眠り姫アメリジット、未だに俺を毛嫌いしているカイルの3人。

今回はダミアンがメインの講師となりアメリジットとカイルを、補助役として俺がルフリーネを見ることとなった。


と、授業が始まる前にひとつ確認しておかなければならないことがあったので、俺は裏庭へと向かうカイルに声をかけた。

暴れ象騒動の最中に起きた、教会の上から少年が落ちてきた事件について。そして、あの時拾った本の持ち主についてだ。


「カイル、ちょっといいか」


「…………」


俺が呼び止めると、カイルはいつにもまして厳しい眼光で振り返る。

しかし眉間にしわを寄せて下から睨め付ける彼の視線は、いつもの不機嫌そうな様子とも、怒っているのとも少し違う。ただ好意的な感情がないことだけは、相変わらずヒリヒリと伝わってくる。


「お前に確認したいことがあるんだが」


「…………確認?」


「ああ。この前の騒動の時のことだ、確か上のテラスから――」


そこまで言ったところで、カイルは俺の胸倉に腕を伸ばし、乱暴に掴んだ。身長差ゆえに俺は腰を曲げた妙な姿勢になってしまう。

カイルは顔を近づけ、周りに聞こえないよう声を落として言った。


「あの日のことは言いふらすんじゃねえ、絶対だ。さもなきゃ殺すからな……!」


カイルはそれだけ言うと手を離し、俺の反応も待たずに裏庭の方向へと消えていった。取り残された俺は首をかしげるしかない。

……やはり怒っているのだろうか。しかし普段のカイルならもっとオーバーに感情を表現しそうなものだ。やはり、ダネルと呼ばれたあの少年が原因か――?


しばらく俺の頭の周りを疑問符が飛び回っていたが、きっと追いかけても嫌がるだろうし、深く詮索しない方が賢明そうだと判断して、俺は一旦その背中を見送ることにした。


「言いふらすなって言われても、ダミアン様とマドレーヌさんにはもう言っちゃったんだよな……。まあ言われる前だったから仕方ないか。とりあえずあの本のことは、カイルが何か言いだすまで置いどっぼっふ!!!」


次の瞬間、背中に勢いよく何かがぶつかったので俺は、顔から地面に倒れこんだ。


「ローレン先生、おひさしぶりっ!! さあさあ、授業をはじめましょー!! あのね、見てほしいのがあってね、ルフまた魔法じょうずになったんだよー!! 土でモコモコってお団子が作れるように……」


「………………」


「あれ!? やだ、先生!? ぴくぴくしてるっ! 先生がぴくぴくしてるっ! どうしたの!? 誰にやられたの!?」


授業に間が空いたので少し油断していた。

俺にタックルをかました張本人は、真剣に俺の肩をゆすって心配している。


「……ルフリーネ……、出会い頭にタックルするのはやめようって、何回も言ってるはずだよな……?」


「仕方ないの。ルフはあいじょーひょうげんがエネルギッシュだから。っておばあちゃんがそんなことを言っていた。ルフから元気を取ったら骨しか残らないんだからあきらめましょうって」


「諦められてるじゃないか……。すこしは改める努力をしなさい」


「じゃあローレン先生も筋トレして」


「……筋トレ? 俺が?」


「おじいちゃんはこのていどで転んだりしない」


「あ、こんなタックルで倒れる軟弱な俺が悪いって言ってる?!」



服に着いた土を払った俺はいつもの場所――、前庭の隅っこ、土がむき出しになっているところへ移動する。

今日は一対一だと伝えると、ルフリーネはえらく上機嫌になり、スキップをしながら俺の手を引っ張った。本音を言うと、光魔法についての考察を深めたところなので、アメリジットの練習の様子を見たかったという部分もあるのだが、そうすると教える側と教えられる側のバランスが悪くなるので仕方ない。

それに土魔法についてはまだ手を付けていない未開拓の魔法なので、得るべきものはより多いはずだ。


「今日はなにするの?! とりあえず、ルフがどれほどじょうずになったか、一発やってみせちゃう!?」


「そうだな、とりあえず計ってみるか。と思って定規をちゃんと用意してる」


「むふふふ!」


ルフリーネは手を地面にあてがい、魔力を込めた。

手のひらと地面の間にわずかな発光が起こり、周囲の土が盛り上がる。前々回では15センチ、前回の授業ではおよそ20センチほどの範囲まで魔力が及んでいたが、果たして――。


「おお、……おお?!」


定規を構えていた俺は思わず驚きに声を漏らした。

手のひらから円状に波打った地面は、俺の構えていた定規さえもオーバーして、あわや俺の足元まで届かんと広がったからだ。

直径に直すとおそらく1メートル強。今までの伸び率から考えると驚異的な飛躍である。

俺は目を丸くして声を上げた。


「なにがあった?!」


俺のリアクションにルフリーネはニヤリと笑うと、さらに手に魔力を込め直す。

すると波打っていた地面がまた中心に収束し、噴水のように湧き上がったかと思うと拳大の土団子が地面の上に形作られた。

「むぐぐぐぐ」と力を込めていた手が地面から離れると、土団子はボロボロっと崩れてしまう。ルフリーネは渾身のドヤ顔で俺の方を振り返ってバンザイした。


「むふふふへへへへっへへ、すごいでしょ!? ねえ、撫でて撫でて!」


「笑い方は気持ち悪いけど、これは本当にすごいぞ」


「ルフちょっとねえ、コツをつかんだかもしれない! 今はお外に行っちゃダメって言われてたから、お家の砂場でずっと遊んでたらこんなの出来るようになったの! あとあれ! 目をつむったらいつもよりうまくできるっていうやつ。あれで色々練習したからできるようになったと思う!」


「なるほど、あれからさらに工夫しながら練習してたわけだ。しかし、それにしてもこの成長率は……」


元々ルフリーネは幼いながらにダミアンに魔術のセンスを見抜かれてこの教室に参加している。だからセンスはあったのだろう。

しかし、これはセンスだけで得られた成果ではきっとない。

この前理論化されたばかりの、魔術の根幹――。脳からの信号が魔法に影響を及ぼしているという仮説に基づけば、視覚情報や別の思考などのノイズが排除されて、魔法のイメージのみに注がれれば、それだけ無駄なく魔法にのみエネルギーが注がれる。

そしてイメージさえ固まってしまえば、それは感覚に刷り込まれて魔術自体の効率が上がる――、という相乗効果も生まれているのかもしれない。


ただ魔力を込めればいいというものではなく、抱くビジョンの違いによって生み出される魔法にも差異が生まれる。

プロテニス選手が力任せにボールを打つのではなく、ラケットのスイートスポットで捉えることによって鋭い打球を放つようなもの、と考えれば腑に落ちる。


ルフリーネの元々のセンス、確かなイメージ、真面目な反復練習。それら全てが彼女の魔法能力を跳ね上げた。

これはその証左と言って差し支えないかもしれない。


「何にせよ……、これはダミアン様に一度報告をした方がいいだろうな」


「ほんと? ダミアン先生に褒めてもらえる?」


「ああ。ルフリーネも俺と土遊びばかりしてるよりも、ダミアン様の魔術を見て学んだほうがいいだろう」


俺が軽く後ろの方向、ダミアンがカイルとアメリジットにコーチしているはずの方向を振り返りながら言う。元々俺が担っていたのは実戦より手前の意識の部分なので、いずれはこういうタイミングが来るだろうと思ってはいたのだが、思ったよりも早かったことにいささか寂しさも感じる。子供の成長を見る親というのはこういう気持ちなのかもしれないと思った。しかし、


「え、何で!? ルフはローレン先生と一緒に遊ぶの好きだよ! これだって、ローレン先生に褒めてもらおうと思ってルフがんばってたのに! これじゃあほんまるてんとうなんですが!」


「本末転倒な。たまに難しい言葉知ってるよな、どこで覚えるんだ?

……っていうのはさておき、ルフリーネとしては、もう少しこのままのスタイルで練習したいのか? 別にどっちでも構わないが」


俺が再度本人の意向を確認すると、ルフリーネは少し悩んだ後に言う。


「……うん。別にダミアン先生が嫌とかじゃないよ? でもルフが魔法をうまく使えるようになったのはローレン先生に教わり始めてからだもん。それにまだまだ色んなことが出来そうな気がするの。だからこのままがいいの……」


「ふむ」


「それに……」


「それに?」


ルフリーネはふと、もじもじと両手を後ろで組み、俺を見上げて恥ずかしそうに言った。


「ロ、ローレン先生も、ルフとまだ遊べたら楽しいと思うし。だってカイルと違って先生の言うこと聞くし、休まずに教室にも来るし。ルフがダミアン先生のとこ行っちゃったら……、寂しいでしょ?」


「はは。……確かにそうだな」


俺はルフリーネの珍しくしおらしい物言いがなんとも可愛らしく、小さな頭を軽く撫でた。すると頬が赤くなっていることに気づいたのか、パッと顔を逸らす。


「分かった。じゃあもうしばらくは俺中心で練習を見ることにしよう。まあ、今回の成果については報告させてもらうとして……。ルフリーネはこの中じゃ最年少だし、無理に急ぐ必要なんてないしな」


「うん、そんな感じがいいと思う! 先生もルフもハッピーでウィンウィン!

それで? 今日は何して遊ぶのでしょうか!?」


ルフリーネはにこっと笑って、俺の膝をパシパシと叩く。

俺は用意していたものをポケットの中から取り出した。


「正直、ルフリーネがここまで上達しているとは思わなかったから、ひょっとするとすぐに出来ちゃうかもしれないんだが」


「なにこれ、コイン?」


「そうなんだが、今日は少し言い方を変えよう。これは『お宝』だ」


「お宝? お宝じゃないよ、だってはしたがねだもん」


「おい! 何てこと言うんだ。お金持ちの悪いとこ出てるぞ。

まあルフリーネの家からしたら確かに端金かもしれんが、今日はこれが『お宝』なんだ。だから別に、コインじゃなくたっていいんだけどな」


「ふむ、それをどうするの?」


ルフリーネが俺の手元を興味深そうに覗き込む。俺は別に用意していたスコップを取り出して言った。


「これを今からこの辺りのどこかに埋める。ルフリーネはスコップを使わずにそれを探し当てるんだ。つまり宝探しだな」


「へえ面白そう! やるやる、やりたい!」


「じゃあ目と耳を塞いで30秒数えてくれ。その間に俺がお宝を隠すから、10分以内に掘り当てられたらルフリーネの勝ち、見つけられなかったら俺の勝ちだ」


「勝ち負けがある、ということはこれは勝ったらごほうびがあるパターン! 分かった、やる!! いーち、にーい」


「ご褒美!? ていうか数え始めるの早いな!」


嬉々としてカウントダウンをはじめたルフリーネに驚きながら、俺は慌ててスコップを手に取る。

制限時間が制限時間なのであまり無茶な場所には埋められないが、さっきの成長度合いから考えるといささか深めに埋めてもよさそうだ。


「ろーく、しーち、きゅーう、じゅう!」



俺はあてにならなそうなカウントダウンに急かされながら、地面にスコップを差し込んだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る