第15話 研究記録

結論から言ってしまおう。

実験の結果――、



『光魔法とは魔素が圧縮され結晶化し、その場に固定されたものである』というのが、現段階での有力説となった。





【実験結果 メモ】


①光魔法の材質(感触、硬度、見た目について)


 感触:手で触れることができ、感触はアクリルに近い。


 硬度、衝撃耐性:金槌で叩いても壊れない程度の強度。衝撃を吸収する柔軟性も有しているようで、叩いた時の音は『ガン』ではなく『ボン』

(これは俺とダミアンの光魔法に限ったものであり、硬度は術者によって大きく変わる)

ナイフで突くと岩を刺したような感覚がある。先端の触れた部分が光に還元され、壁が一部欠けた状態になる。局所的、瞬間的な衝撃に弱い傾向にあるようだ。

→光魔法の基本形状は立方体。正面、側面、裏面、いずれも硬度や性質に差は確認されなかった。


 見た目:感触と同様、ガラスやアクリル板に近く透明性は高い。

光魔法が厚くなるほど透明性は低下し、淡く濁ったような見た目になる。角度によっては光への反射による光沢が確認できる。


②エネルギーの逃げ場

 光魔法で生じたキューブに薄い布をかけ、衝撃を与えてみる

→金づちで叩くと側面から生じた風により布が膨らんだ、与えたエネルギーは壁面を流れてキューブの外に逃れていくようだ。これは風が生じたというより、内部の魔素が外部へ弾き飛ばされた為ではないかと推測する。

この時結晶体から漏れた魔素は光に変質し、霧散。


③荷重による影響

 荷重をかけることによって光魔法への影響を確認

→俺とダミアンで生み出した光魔法の上に立ち、荷重をかけたうえで持続時間を検証


結果:光魔法を通常状態で維持をするのは両者ともに10分が限界(集中が切れた段階で、光魔法は解除されてしまう)

→荷重がかかることによる持続時間への変化はなし。


※これは既に周知の事実であるが、生み出した光魔法を移動させることはできず、違う場所に再度光魔法を生み出しなおす必要がある。

なので、光魔法のキューブを前方に射出して攻撃する――、というようなことは出来ない。


④生成過程、形状変化

 部屋に煙を満たして生成過程を確認

→空中を流れる煙は、光魔法の内部には干渉しない。動く煙の中に透明なキューブ状の空間が生まれ、視認性が上がる。


観測結果: 

 1.空気中の魔素が中央に集約

 2.その後、全体の体積が小さくなり、立方体状の結晶と呼ぶべき性質が生まれる。

   この時本来その空間にあった煙は凝縮の段階で結晶内に取り込まれる。

 上記、1、2の順序で光魔法は形成されることが、2人とも同様に確認された。

→煙が結晶内に取り込まれたことから、光魔法は外側から結晶化している可能性が高い。

これが純粋な魔素の結晶なのか、それとも空気中の別物質を結晶化させているのかまでは、現時点で断ずることができない。


意識をすれば球状、棒状の光魔法も生成可能。だが、複雑な造形(たとえば鳥の形など)の生成は出来ず、ダミアンの知る限りでもそういった技術を持つ魔術師はいないそうだ。

空間を圧縮して結晶体を生成していると考えると、複雑な構造が結晶たりえないということには筋が通る。


そして俺はこの結果を経てもうひとつ連想したものがある。

それはセイリュウの宿っていた水晶の球だ。セイリュウ曰く魔力が多分に含まれたそれは、もしかして光魔法の原理の先にあるものではないか?


しかし今や比較対象できるものがわずかな欠片のみとなった現時点ではなんとも言えないので保留。





前の世界にも物体を浮かせる方法なら無数にあった。

たとえば浮力、たとえば揚力、たとえばイオンクラフトなどなど……。

しかし物質を上下左右に固定するという『座標固定』となると話が別だ。これを実現できるとすれば電磁気に限られるだろう。


――――科学研究分野の中に、超伝導という分野がある。

俺自身の記憶もおぼろげなので細かな説明は省略するが、磁場の中に置かれた超伝導体と呼ばれる物質に、磁場を通す部分が混じっていた場合、物質は逃げ場を失い空中に固定されるという現象が実際にある。『ピン止め効果』と呼ばれるものだ。

言ってしまえば、めちゃくちゃ冷やした金属が、磁力の影響でそこからうんともすんとも動かなくなる不思議現象なのだが、日常生活でお目にかかる機会はほぼないし、学校で習うようなものでもない。少なくとも俺はなかった。


さて、問題はこのピン止め効果がどうこうではなく、そう言う科学現象が実際に観測されていた、と言う事実の重要性である。

この効果に近いものがこの世界の魔素に起こっていれば、空中に生じた壁が盾になり、それを蹴り上げて飛ぶことも可能ではないかと思ったのだ。


そこに魔素が電流の影響を受けるという先の仮説が首をもたげてくるわけだ。電流の影響を受けていれば、電磁気に類似した性質を獲得する可能性はある。

鉄製品が影響を受けていないことを考えれば、ピン止め効果と全く同じ現象が起こっている訳ではないのだろう、しかし似た現象が起きている可能性は否定できない――――



「――ごほっ、ごほ。ローレン、いい加減窓を開けていいか? 頭がクラクラしてきた」


「そ、そうですね。げほっ。確認したいことは確認出来たので、ごほ、もう大丈夫です」


「よし」


俺たちはそう言うと、手分けをして窓を開け始める。

すると室内に滞留していた大量の煙が外に流れ、逆に新鮮な空気が流れ込んできた。


俺は窓から外に顔を出して、口元の布を外し大きく深呼吸した。

空を見上げれば気持ちの良い青空。肌をなでるひんやりとした空気が気持ちいい。


「はあっ――、生き返る」



今回の実験では、ダミアンの協力もあり、多くの情報を得ることができた。

さらに良かった点としては、光魔法の生成過程を改めて検証をして得られた事実は、ダミアンにとっても新鮮に映ったらしいということだ。

途中、彼女が呟いた「魔法は法則によって成り立っているとは、こういうことか……」という台詞は、やけに印象的だった。


ヨハンが科学的思考を段階的に理解したのと同様のことが、きっとダミアンの中でも起きているのだろう。


今までの常識を捨て、新たな視線から現象を観測する。そのことに抵抗を示すこともなく貪欲に知識を欲する辺りは、王都最高魔術師たるゆえんを感じさせた。

また、今回の実験の着想の元がシャローズとの手合わせにあったように、色々な術者の魔法を俺自身の目で見てみたいという欲求が高まっているのを感じた。


今までの研究を振り返ってみて改めて実感する。


本の中に生きた魔法はない。

生の人が生み出した生の魔法こそが肝要だ。


そう言う意味で、今の環境は決して悪くない。生徒たちの日々成長していく生の魔法は様々なインスピレーションをもたらしてくれるし、周りの人々も協力的だ。


しかし――、それもいずれは限界が来るのだ。

結局はここも閉じた空間。本当にこの世界の魔法のことを知りたいと考えれば、この屋敷でいつまでも半引きこもりを続けていても真の研究は叶わない。


外に、出なければならない。そして見地を広げなければならない。

つまりは、いつまでも背後を気にしていては前には進めないということだ。


それは少し前にもダミアンに言われたことだったし、自分でも言われている通りだと思うのだが、だからと言って「じゃあ今日から気にしないことにします」というふんぎりも、簡単にはつかないのが困りものなのだった。


何かひとつ、きっかけがあれば――。


俺はいったい誰に何を期待しているものか、まだ酸欠で回りきらない頭で、そんなことをぼんやりと考えた。

すると、


「なんの騒ぎですの、これは!」


部屋の扉から、血相を変えたマドレーヌが飛び込んできたので俺たちは驚いた。

マドレーヌは少し息を切らし、手には水の入ったバケツを持っている。


「あっ、やべ……!」


俺は思わずそう漏らす。そこまで頭が回っていなかったが、窓からもうもうと煙が立ち上っているのを部屋の外から見ればそういう反応になるのが普通だ。


マドレーヌは窓際で呑気に黄昏ている俺とダミアンを見つけ、けげんそうに眉を顰めた。


「ローレン様……、何をしていらっしゃるのでしょう。

……こうなった経緯を、説明をしていただけますか……?」


「あ、っと……、いえ少しその、実験をですね」


「実験……?」


マドレーヌは持っていたバケツを脇に置くと、ゆっくりとした歩調で部屋に歩み入ってくる。俺はお小言モードの気配を察知して思わず後ずさりをする。

するとダミアンが慌てて俺に加勢した。


「いやいや、いいんだ、マドレーヌ。魔法研究に必要な工程だったんだ。この実験のすべてに私が立ち合い許可している」


「いくらダミアン様が許可したからといっても、私どもにも言っておいて貰わないとダメではございませんか」


「私がいいと言っているのだからいいに決まっているだろう。ここの家主だぞ」


「そんなの関係ありませんわ。通行人の方が火事だと勘違いして、大ごとになったらどうするおつもりなんですの。ご自身が王都最高魔術師という立場であることをもう少しご自覚ください。

ローレン様、研究内容について口出しをするつもりなどはありませんが、今後実験の規模が大きくなる際は、まず私に一言にいただけますかしら。よろしいでしょうか?」


「あ、はい。すみません」


俺がひとつ頭を下げると、マドレーヌはにこりと微笑んだのち、部屋の換気と片付けを手伝い始める。しかし部屋の奥で一人首を傾げているのはダミアンであった。


「なあ、ローレン。今あのメイド、私が家主だと言ったら関係ないと言わなかったか……? こんな言われようが許されるだろうか。これでは私の威厳というものがだな……」


「大丈夫ですわ、ダミアン様。ナラザリオに訪れた時にはもう既に、威厳なんてないに等しかったですもの」


「そ、そ、それは何が大丈夫なんだ? むしろ大問題な気しかしないが!」


「人様のお屋敷の裏庭で吐いているのを見られた時点で、威厳を保とうだなんて考えることがちゃんちゃらおかしいのですわ」


「おい待てマドレーヌ! 屋敷の庭では吐いてない!! 私はちゃんと敷地外で吐いたぞ!! 事実を歪曲するな!! なあ、ローレン!! この毒舌メイドに何か言ってやれ!!」


「屋敷の外までは俺がおぶったんですけどね」


「あー!! そうだった!! もうダメだ!!」


ダミアンは顔を赤くしてその場に蹲ってしまったが、マドレーヌと俺は特別気にすることもなく、部屋の片付けに取り掛かるのだった。





「――――――――――――」


ふと、叫び声のようなものが聞こえた気がして俺は立ち止まった。

いや、ひょっとする泣き声だったかもしれないし、うめき声だったかもしれない。なんにせよ気分のいいそれではなかった。


俺が視線を向けた先には、案の定というべきか地下へと続く扉があり、ちょうどその扉を開けて現れる一つの影があった。何度か見かけたことのある銀髪で長身の男だった。


男は俺と目が合っていることに気づき、長い首をくねらせるように頭を下げる。


「これはこれはカイル様、いかがかなさいましたかぁ」


その口調はどこか間延びしていて、なんとなく俺の神経を逆撫する。

貼り付けたような笑顔も、細長い手足とゆらゆらした身振りも、そのくせ妙に迫力があることも、気に入らない。

ろくに話したことも、明確な理由があるわけでもないが、この男のことはなんだか嫌いだった。


俺は横に目をそらして応える。


「…………いや、別に。ちょっと妙な声が聞こえた気がしただけだ」


「あっはっはぁ。うちの教徒たちは信仰心が厚いので、ついつい熱が入ってしまうんでしょう。いかがです? 少し覗かれて行きますか?」


そう言って銀髪は、さっき出てきたばかりの背後の扉を指差す。

しかし地下へと続くその扉には、既に鍵が固く掛けられている。もし俺が覗いていくと答えても、本当は通す気などないだろう。


「いい。帰る」


「はぁい、お気をつけてお帰りください。お父様のドイル司教にもよろしくお伝えください」


「…………」


俺はそれ以上返事をすることなく、聖堂を出た。

そして最後にダネルがいるはずの上の階を見上げてから、貴族地区にある自分の家を目指した。


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