第17話 鍵の開いた部屋


「あったぁ!!」


コインが地面から勢いよく飛び出し、合わせてルフリーネも飛び跳ねる。


地面の中のコインを土魔法で掘り出すという、一風変わった宝探しを始めてから5分。

制限時間を5分も残してルフリーネはお宝を探し当ててみせた。

元々は授業数回分かけて成功できるかどうかくらいの見立てだったのが、よもや一発目で成功されてしまうとは。


「ねえ、見つけたよローレン先生! これってルフの勝ちだよねえ!」


「ああ……。これは俺の完敗だな」


正直、この年齢の子供の魔術レベルの平均というものを俺は知らない。

ナラザリオでは地元の子供達が集まって勉強や魔術の基礎を習う寺子屋制度のようなものはあったようだが、貴族の息子がそこに1人混じるというのは色々な意味でまずかった。

ゆえに、唯一参考にできるとすればヨハンくらいなのだが、あいつは最初から神童などともてはやされていた側だし、なにより属性が違う。

しかしそんなヨハンの幼い頃の記憶と比してみても、ルフリーネのセンスは極めて高いと言っていいだろう。


「ちなみにどうだった? もう少し深く埋めたり、範囲を広くしてもいけそうな気がするが」


「んー、いけるかもだけど、今日はもうヤ。これ楽しいけどすっごい疲れるもん。多分広くじゃなくて深く深くってやるからだとおもうけど」


ルフリーネはそう言うと、少しくたびれたと言うようなジェスチャーを全身でする。


「そっか。じゃあ今日はもうやめとこう。でも砂場で遊んでるうちに上達したみたいに、これも繰り返すことでできることが増えるかもしれない。

授業の最後に毎回やるって感じでどうだ?」


「そりゃあかまいませんが、ごほうびしだいですなあ! 最近の子どもはごほうびくらいないとやる気がでませんわよ、お兄さん!」


「誰の口調の影響受けてんだそれ……。

えーと、ご褒美? っていってもルフリーネみたいなお嬢様が満足するようなもの用意できないぞ? おじいさんとかに買ってもらったほうが……」


「ちっちっち、分かってないなあ。ルフはローレン先生からごほうびが欲しいの。少し考えればわかるでしょ、まったくもう」


「……うーむ」


まあ宝探しゲームを始める前に拒否しなかった時点で、約束は成立したとみるべきだ。約束は守らねばならない。

芝居っぽく指を振って見せるルフリーネに、俺は観念して地面に腰を下ろした。


「じゃあためしに何がいいか言ってみなさい。それから考える」


地面に座った俺の膝の上に、当然のようにルフリーネがおさまる。


「ルフねえ、先生と一緒にお出かけしたいの。あのね、おじいちゃんの持ってるお屋敷の一つにね、海で遊べるとこがあってね、もう少しあったかくなったらそこに行くんだって。ルフ、海で先生と一緒に遊びたいと思ったの。ね? 楽しそうでしょ?」


「う、海?」


俺は予想もしていなかった突飛な提案に目を丸くした。

ルフリーネの気持ちはよく分かるし嬉しいが、これはいささか無茶なお願いではなかろうか。


「……いや、申し訳ないがルフリーネ……。それはちょっと難しいと思うなあ。色んな意味で……」


「ええ!? なんでぇ!?」


「そもそもこれって宝探しゲームのご褒美だろ? 毎回そんなご褒美用意してたら俺の身が保たん」


「じゃあ、じゃあ今日の分だけ! 次からはご褒美いらないから! ね?」


「いや、それにしてもそんな派手な外出はちょっとな……。しかもそれってルフリーネのご家族といく別荘だろ? そんなとこによく分からない奴混ざったらまずいんじゃないのか」


「ええ、大丈夫でしょ!? 家庭教師の先生だって一緒に行ったりするし、おじいちゃんもローレン先生のおかげでルフの魔術が上達したって喜んでたし! それにおじいちゃん、ルフの言うことなら大体許してくれるもん」


「いや、どうだろうなぁ……、俺の独断じゃなんとも……」


「じゃあダミアン先生に聞いてみてよ。きっといいよって言うよ」


「んー」


ルフリーネは俺の反応が芳しくないので、不満げに全身を揺らして抗議する。

今の立場を考えると、不用意に面識を増やすこと自体が好ましくないのは確かだが、それをルフリーネにどう説明していいものかが難しい。


すると、煮え切らない俺の態度に痺れを切らしたルフリーネが勢いよく立ち上がった。


「じゃあ分かった! 今度はルフがこのお宝を隠すから、ローレン先生が探すの! それで見つけられなかったら先生は今度こそルフの言うことを聞かなきゃダメ! 分かった? よーいドン!」


ルフリーネはそう言うと、何を思ったかコインを握ったまま屋敷がある方向へと駆け出していった。


「……は!? いや待てルフリーネ、どこ行くつもりだ!?」


「宝探しだよ!! お屋敷のどこかに隠すのっ!!」


「いやもうそれ魔法関係ねえ……! こら、待てルフリーネ!」


「わ、追いかけてきた! きゃははははは!」


もはや宝探しではなく鬼ごっこのようになってしまったが、とにもかくにも俺は一度ルフリーネを捕まえるために小さな背中を追いかけた。





「よし、今日はこのあたりにしようか」


授業が一段落し、私は少し疲れた様子の2人に声をかける。

水魔法を属性とするカイルは、伝言通り複数の的を狙った時の精度を向上させていたし、アメリジットも光魔法の成功率が上がったようだ。

この年頃の子供の成長速度には相変わらず驚かされる。


「しばらく見ないうちに2人とも上達したな。ローレン先生のおかげかな?」


私がそう言うと、カイルは露骨に顔をしかめて、吐き捨てるように応える。


「あいつには何も教わってません。全部、自主トレの成果っす」


「こらこら、相変わらずローレン先生への敬意が足りないぞ。何度も言っているが、ローレン先生は優秀な人物だ。しっかりと師事をあおげばもっと上達すると思うがな」


「そうよぉ、反抗期かっこわるいわぁ。ローレン先生やることやったらお昼寝させてくれるから私は好きだけど」


「反抗期じゃねえっよ! 馬鹿にすんな。俺はまだあいつを認めて…………、ねえんだよ」


「なぁに、今の間」


「黙れ」


「まったく、そういうところは相変わらずだな……」


ローレンがこの教室に参加するようになって2ヶ月。カイルはいまだにローレンの存在を許容する気がないようだ。

その原因の一端は、ローレンが彼の実力の全てをこの教室で見せていないからではあるが、それでもローレンの生徒たちに向き合う真っ直ぐな姿勢は伝わっているはずだ。その証拠にルフリーネなどは驚くほど彼に懐いている。

なのでカイルがローレンを認めるのも時間の問題ではないかと、私は思っていた。


「まあいい。次の授業は3日後だ、家での練習も欠かさないようにな」


「はぁい」


「……うす」


「よし、あとは自由に迎えを待つといい。食堂に行けばマドレーヌがお茶くらい用意してくれるだろう」


「じゃあ私は少しお昼寝〜」


アメリジットはそう言うと、いったいどこで寝るつもりなのかフラフラと表の方へ歩いていく。まあそれはいつものことなので、私も屋敷へ引き上げようとしたところで、カイルが静かに屋敷を見上げていることに気がついた。


「カイル、どうかしたか?」


私が呼びかけると、カイルは少し神妙な顔をして振り返った。


「……ダミアン先生、あいつの部屋ってどこにあるんすか?」


「あいつ? あいつとは?」


「ローレンっすよ」


「敬意を持てとさっき言ったばかりのはずだぞ?」


「…………ローレン……先生の」


「ふむ。二階の一番端だが、ローレン先生の部屋は基本的に鍵がかかっていて、立ち入り禁止だ」


「は、立ち入り禁止……? それは、なんで……」


「申し訳ないが少々事情ありでな。用件なら私が伝えてやってもいいがどうした?」


私がそう言うとカイルは少し悩むように眉をひそめた。

そもそもローレンの話題を彼から出すこと自体が初めてだ。色々と珍しいなと私は彼が言葉を選ぼうとしている横顔を眺めた。


「……いや、いいっす。直接聞くんで。

じゃあ、ひとつダミアン先生にも聞きたいことがあるんすけど……」


「なんだ?」


「優秀な魔術師だからあいつを臨時講師に呼んだんすよね。でも一番はじめ、魔法を使って見せろって言った時、あいつは大した魔術を見せずに適当にごまかしてた。手合わせをしろと言っても、俺たちとする気はないって逃げた。だから俺は、見せるのも恥ずかしい程度の実力しかねえんだと思ってた。先生の親戚ってだけの雑魚だと……。でも、そうじゃなかったかもしれねぇって……」


「………………ああ、そういう事か」


そこで私は思い至った。ローレンから話として確かに聞いていたことだ。

聖堂の裏で落ちてきた少年を救った時、カイルが上から顔を出したと。つまり一部始終ではないにしろ、カイルはローレンの全力の水魔法を目撃したのかもしれない。


「改めて聞きたいんすけど、あいつはどれくらいの魔術師なんすか。あいつは……、何者なんすか」


「……さて、返答に困る質問だなあ。ローレンが君になんと答えるのか、非常に気になるところだが……。しかしここでまた変に誤魔化すのは、あまりに誠意に欠けるか」


私は一度頭の後ろを掻いてから、カイルに視線を合わせて言った。


「最初に言った通り、ローレンはとても優秀な魔術師だ。私に比肩する、もしくはそれ以上にな」


「――――!」


「もちろんこれは私個人の見立てだ。信じるかどうかは君次第だよ。

あとは君が直接聞いて確かめてみるといい。さっきまで屋敷の中が騒がしかったから、おそらく部屋に戻っている頃じゃないかな?」


「……分かりました」





俺は階段を上がり、ダミアン先生に言われた通り二階の部屋を訪ねる。

廊下から庭を見下ろすと、そこにはルフリーネとローレンの姿はない。扉横にはめられたネームプレートを確認し、俺は扉をノックした。


「…………」


俺はあの時見たことが事実だったのか、正直まだ疑い半分だった。

でもあれから何度思い返しても、ドジで落ちたダネルを受け止めたのはあいつのあり得ないくらいでかい水魔法だったようにしか思えない。

ダミアン先生もあいつのことを『自分と同じくらいの実力者』だと言った。


もしこれが本当なら、あいつはそれだけの実力を隠しながら、ずっと俺に馬鹿にされるままにされてきたということになる。

俺も俺の気持ちがよく分からない。俺はあいつが思っていた通りの雑魚であってほしいのか、それとも実力を隠していたすごい奴であってほしいのか。


扉の向こうから返事はない。

俺は改めて、強く扉をノックした。


しかし、事実がどうあれローレンはまた適当に誤魔化すような気がする。

ダミアン先生の言っていた事情というのは、一体何のことなのか。


まあいい。これは用件の半分だ。

ローレンに聞かなければいけないことがもう一つある。ダネルの本を拾っていないかということだ。あの日、どれだけ探してもダネルの本は見つからなかった。教会のやつらも見ていないという。だとすればローレンが拾ったか、それともあの時隣にいたやつか……。

ともかく、これでローレンが知らないといえばダネルもさすがに諦めるだろう。


「ローレン。話がある、出てこい」


俺は扉に向かって呼びかける。

扉の上には小窓がついていて、半開きになっていた。だが、中からは返事が返ってこなかった。まだ部屋に戻っていないのか?


「ちっ」


俺は舌打ちをして、試しにドアノブに手をかけてみる。

ダミアン先生の話だと鍵がかかっているという話だったが――、



「あん? …………開いてんじゃねえか……」


俺は話が違うと思いながらも、扉を開けて部屋を覗き込んだ。



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