第16話 妖力の覚醒
それから何事もなく過ぎていった。
翡翠はああ言っていたけど、気にし過ぎだよね。
私は人の嫉妬の気持ちの怖さを甘く考えていた・・・。
あの、パーティーからひと月程たっていた。
いつものようにバイトを終え、マンションまでもう少しという所で
「笠井瑠璃さんですか?」
「はい」
と振り向くと同時に口元に何かを押し当てられ、私の意識は遠のいていった。
気がつくと、そこは薄暗い倉庫のような場所だった。
「ここは・・・」
「あら、気がついた?」
「あなたは・・・桜さん・・」
「覚えていたの?私、あなたに言ったわよね。
何故、まだ翡翠さんの側にいるの?」
「私は翡翠の側をはなれません。」
バシッ!また、頬を殴られた。
「あなた邪魔なのよ。でも、それも今日で終わり。
あなたはもう翡翠さんの元には戻れなくなるわ。
私の言う事を聞かなかった罰を受けてもらうわよ。」
そう言うと、数人の男の人達が部屋の中に入ってきた。
「じゃあ、この女のことお願いね」
桜さんは機嫌よく部屋を出ていく。
残された部屋で男の人達が私の側に近寄ってきた。
さすがの私でも、何が起きるのか分かり、体が震えてくる。
逃げようとすると男の人に掴まれ、床に倒されてしまった。
男の人が覆いかぶさり、服に手をかけてきた。
“嫌だ、嫌だ、嫌だ!”
そう思ったと同時に身体中が怒りに熱くなるのを感じた。
「「「わあああ!ひいいいいい、何だ!ヤメロ!」」」
私の体は青白い炎に包まれ、男の周囲には青白い火の玉が飛び交い男たちを
襲っていた。
火の玉に包まれた男たちは、苦悶の表情で倒れ込む。
その時、部屋の扉が開いた。
「瑠璃!!」
“あ、翡翠・・・”
言葉も発せないまま、私は気を失ったのだった。
真っ暗な世界にいた。
ここはどこだろう?
周りを見渡すと見覚えのある赤い鳥居が見えた。
これって・・・あの鳥居と同じ・・・。
「妖狐の姫、私が見えるか?」
声に驚いていると、鳥居の所に真っ白な狐がいた。
「あなたは?」
「フッ、私はただの狐。
妖狐の姫、そなたは大きすぎる力を使いすぎ、今、眠りに落ちている。
そなたに問う。このまま、翡翠と共に歩むことに迷いはないか?」
私は笑みと共に狐の目を真直ぐ捉え、応えた。
「迷いはありません。私は、一生翡翠と共に生きていきます。」
「分かった。では、この鳥居をくぐりなさい。」
狐は私の答えが分かっていたように、微笑むとフッと消えた。
さっきのは、何だったのだろう。
気にはなったが、狐の言うとおり鳥居をくぐった。
「んんん・・・」
「瑠璃、瑠璃!」
重い瞼をあげると、焦ったような翡翠の顔が目の前いっぱいに現れた。
「エッ!何・・・?」
「何じゃない、瑠璃は三日も目を覚まさなかったんだぞ。
いきなり居なくなるし・・、見つけ出すと狐火に包まれていて・・・。
ホント、心配した。瑠璃の目が覚めて良かった・・・。」
私を抱きしめながら、翡翠は言った。
私を抱きしめる翡翠の体は、微かに震えていて、それだけでどれ程の心配を
かけたのか伺い知れた。
「心配かけてゴメンね。もう、大丈夫だよ。」
「あぁ、瑠璃が寝ている間に湯川は潰しておいた。
もう、俺達の前には二度と現れない。」
え?ちょっと物騒な単語が聞こえた気がしたが、私も二度と関りたくなかったから、触れないことにした。
翡翠の説明によると、私が攫われた時 “助けて!” と私の声とその時の状況が
頭の中に突然表れたそうだ。
それから急ぎ私の行方を追いあの倉庫が判明し、駆けつけると中から桜さんが機嫌
よく出てきた。
桜さんを確保し、中に入ると青白い狐火に包まれた私と、狐火に襲われている
男たちがいた。
私の元に駆けつけると、私は気を失いそのまま三日寝ていたらしい。
蘇芳さんの見立てでは、急な力の解放のせいだろうということだった。
私も眠っている時にみた、不思議な狐の話を翡翠にした。
「きっと俺達の先祖様なんじゃないか?
瑠璃を目覚めさせてくれて、感謝しなきゃな・・。」
そんな事を言っていた。
体も問題なしと蘇芳さんに太鼓判を押してもらい、いつも通りの生活に戻った。
翡翠の方は、湯川のゴタゴタが少しあったようだが、大分落ちつたと話していた。
私の方は、今日から二度目の実習が始まる。
今回は、仲良しの萌とペアになって楽しみだ。
食事の介助や車いすも前回よりスムーズに出来るようになり、職員の方にも
褒めてもらえた。
萌とも息がぴったりで、前回の実習の大変さが嘘のようだった。
楽しい気分のままマンションに帰る。
「今日は随分機嫌がいいな?実習はじまったんだろ、大丈夫か?」
「うん、今回は萌と一緒でとっても楽しいの」
「そうか、良かったな。そういえば、瑠璃のクラスに坂本っているか?」
「坂本若葉さんかな?」
「そう、それだ今度その婚約者と仕事をすることになってな。」
「私の事、言った?」
「いや、話してないが・・・どうした?」
「若葉さんって、前回の実習で私が散々な目にあった人だから・・。
内緒にしておいてね。」
「あぁ、分かった。あの相手がそうなのか・・・」
そう言った翡翠の口元には何か思いついたような笑みがもれていた。
萌との実習は何の問題もなく、無事に終了した。
実習先には、就職して欲しいくらいだと褒めてもらえた。
実習報告の為、学校に行くと萌が私を見つけて走って来た。
「瑠璃、聞いてよ~。」
「な、何?」
「若葉さんね~、婚約破棄になったんだって。」
「え!何で?」
「何かね~、実習先でペアになった子を苛めてたり、実習先ででたらめしている
ところを、婚約者に見られてたんだって。
それで、こんな人に嫁に来られたら迷惑だって断られたらしいよ~」
「そ、そうなんだ~。」
話を聞いていて、過るのはあの時の翡翠の笑み・・まさかね・・。
学校で見た若葉さんは、ショックだったのか俯いていた。
可愛そうだけど、しょうがない、自業自得というものだ。
私は萌と一緒に、実習報告をまとめ提出して学校を去った。
実習も終わり、街はクリスマス一色となっていた。
クリスマスイブ、私はおめかしして翡翠の車に乗っていた。
そう、今日は翡翠とクリスマスデート。
車は、パーティーの時の高級ホテルの前に停まった。
翡翠に手をひかれて、夜景の見えるレストランの個室に入る。
「瑠璃、メリークリスマス。」
そう言ってリボンのついた箱を渡す。
「え、何!?」
箱を開けると、とても素敵な時計が入っていた。
「俺とこれからも、ずっと一緒に時を刻んでいこう。」
「う、うん。ずっと、一緒。」
翡翠の言葉に私の目から涙が零れ落ちる。
「私からは、これです」
翡翠に渡したのは、ネクタイ。気に入ってくれるといいな。
「お、いいな。仕事につけていくよ。ありがとう」
その後は、美味しいフレンチのフルコースを食べ、翡翠の予約した部屋に入った。
部屋に行ってびっくり、そこはスイートルームだった。
眼下に広がる夜景に、部屋に用意されたシャンパンとケーキ、何もかもがお姫様
にでもなったようだった。
「今日は特別。瑠璃が頑張ってるし、クリスマスだからな」
「翡翠、本当にありがとう」
シャンパンとケーキを食べ、シャワーを浴び出てくると、翡翠が私の名前を呼んだ。
翡翠に導かれるように、ベットルームへと進む。
まだまだ恥ずかしいが、翡翠はいつも優しく私を抱いてくれる。
その日は、いつもにも増して甘く濃い時間を翡翠と共に過ごし、夢の中に落ちて
行った。
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