第13話 女心と男心

それからの生活は穏やかに過ぎていった。


翡翠の仕事は忙しく、まだ慣れない翡翠は疲れた様子で帰ってくるものの、甘い

態度は変わりがなく、私を大事にしてくれた。


私も学校生活も順調で、もうすぐ2回目の実習が始まろうとしていて、また実習

対策の日々だった。


1回目の実習は散々な思いをした私は、今度は若葉さんとペアになりませんように

と神様に祈っていた。


萌とは、「今度こそ一緒だといいね」と言って笑い合っている。


萌には、まだ翡翠の事は言えずにいた。


何となく、まだ空さんのことが引っかかっていて話ずらかった。


デュパンでは、マスターが


「最近るーちゃんが、綺麗になった気がする。恋でもしてるの?」


と聞くようになった。


その度に、言葉を濁していたが、先日、岩井さんにまで聞かれたので、観念して

二人に彼ができたことを報告した。


二人は私を我が子の様に心配しながらも、最近の私の明るい顔を見てくれていた

ので喜んでくれた。


「るーちゃん、そのネックレスは彼からかい?」


「あ、そうなんです。私の大事な宝物です」


翡翠に貰った婚約指輪は、ネックレスにして肌身離さず身につけて


私のお守りの様になっていた。


「そうか、良い彼なんだね。

 何かあった時は、いつでも相談にのるからね」


「はい、その時はお願いします」


周りの優しさに感謝していた。


そんな幸せな中にも、悩みはあって・・・。


翡翠と暮らすようになって、1か月。


毎日、行きと帰り翡翠はキスを欠かさず、寝室でも私を抱きしめて眠りにつく。


とても大事にされている。


でも、それ以上何もしてこない。


私も18歳だし、経験はないが男女のことは何となく分かる。


正直、もっと翡翠と深く繋がりたいと思う自分がいたが、自分から翡翠に言う

のは恥ずかしくてそれこそ無理だった。


何とも言えないモヤモヤした気持ちが募っていく。


翡翠はそんな私の気持ちを感ずいているのか


「瑠璃、何かあったら隠さず言って」と言うが、言えずに


「何もないよ。はい、今日も一日頑張って!」と送り出した。


私はこの気持ちをどうしたらいいのか考え、とうとう、マスターに相談してみる

ことにした。


マスターなら男の人の気持ちが分かるかもしれないと思った。


「マスター、男の人って好きな人と一緒にいても手を出さずにいれるものですか?」


「え、まさか、るーちゃんの口からそんな事を相談される日がやってくるとは思わな

 かったな」


マスターは驚いたように私を見た。


「もう、マスター、私本当に悩んでるんです。

 私に魅力がないからなんでしょうか?」


マスターは優しい笑みを見せながら、諭すように口を開いた。


「俺が思うに、彼は本当にるーちゃんの事が好きで大切なんだと思うよ。

 もしかしたら、好きだからこそ、るーちゃんに手を出せなくなっているのかもね。

 彼を信じて、るーちゃんの今の気持ちを話してご覧。

 きっと、彼も自分の気持ちを正直に教えてくれると思うよ。」


「そうでしょうか?」


「るーちゃんが好きになった人でしょ。大丈夫だよ」


マスターの言葉に、一歩踏み出してみようという気持ちになった。


「はい、アドバイスありがとうございます。彼に私の気持ちを言ってみます」


「そうそう、その意気で頑張って。」


「はい」

 

マスターに相談して良かった。


今日、翡翠に聞いてみよう。


デュパンからの帰り道、いつもより足取りは軽くなっていた。



その日、翡翠はいつも通りの時間に帰ってきた。


夕飯を食べ、お風呂にも入り二人でまったりする時間。


ソファーで寛ぐ翡翠に話があると切り出した。


「翡翠、私、最近悩んでいたことがあって・・・」


「あぁ、瑠璃を見ていたら何となく感じてはいたけど・・・」


「あ、あのね、私・・女として魅力ないのかな?」


「は?え?どういう事?」


翡翠は、何いってるの?っていう感じで怪訝な表情で私を見る。


「だって、こんなに一緒にいるのに・・おでこにキスだけで・・。

 翡翠はそれ以上何もしないでしょ・・・」


言ってしまった・・・。


恥ずかしくて、翡翠の顔が見れない・・。


すると、次の瞬間には私の体は翡翠にギュッと抱きしめられていた。


「瑠璃がそんなことを考えているとは思わなかった。

 俺がちゃんと話してなかったから、瑠璃をこんなに悩ませていたんだな・・」


囁くように翡翠はそう言うと、私から体を離し私に向き合った。


「瑠璃、俺はいつでも抱きたいと思っている。今現在も。

 でも、瑠璃に話してないことがひとつだけあるんだ。

 それを聞いても、瑠璃の気持ちが変わらないのなら、瑠璃の全てが欲しい。」


エメラルドグリーンの瞳が真直ぐに私を見る。


「話してない事って・・」


「瑠璃に俺の血を与えたことによって、妖狐化するというのは教えただろ。」


私は、翡翠の問いに頷いた。


「でも、それだけではまだ半妖なんだ。人間とほとんど変わらない。


 生活していても今までと何も変わらないだろ?」


私はまた頷く。


「だが、俺と交われば完全な妖狐となるんだ。

 だから、俺の欲だけで手を出してはいけないと思い抑えていた。

 瑠璃は、完全に妖狐になってしまっても後悔はしないか?」


翡翠は何を言っているのか・・・分かり切ったことなのに・・・。


私は意を決して口を開いた。


「翡翠は馬鹿だね。」


「馬鹿ってなんだよ。」


「だって、馬鹿でしょ。私の気持ちを、翡翠と一緒に生きたいと思う私の

 気持ちを見くびらないで。

 妖狐だろうが何だろうが、私は心も体も翡翠と一緒なんだよ。

 お互いに唯一無二の存在なんでしょ。」


翡翠は私の言葉にハッとした顔をした。


「私の事を大事に想ってくれる翡翠の気持ちは分かる。

 でも、そんな大事なことなら尚更、私に言わないとダメでしょ。」


「そうだな・・・。

 きっと・・・俺は、怖かったんだ。瑠璃に拒否されるのが・・。

 俺は瑠璃に対してだけは、臆病になるのかもな」


しみじみと悟ったように呟いた。


「翡翠だけじゃない。

 私もそう。

 きっと、好きっていう気持ちが強い分だけ臆病になってしまうんだよ。」


「そうかもな・・」


私達の間に穏やかで甘い時間が流れる。




翡翠は私の手を取って、寝室に向かった。


私をベットに横たえた翡翠は、その日初めておでこではなく唇に甘い甘いキス

をした。



そして、その日私達は身も心も一つになった。



甘い痛みと大きな幸せを感じた夜だった。


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