第10話 重なる想い

誰かが私の頭を優しく撫でている・・・


“あ、この手、知ってる・・”


「瑠璃・・・」


“え、私を呼んでる・・・この声は、私の愛しい人・・”


瞼を上げると、私を見つめる翡翠のエメラルドグリーンの瞳と目が合った。


「え、翡翠、目が覚めたの!良かった、本当に良かった・・・」


感極まって、思わず翡翠に抱き着いてしまう。


「久しぶりに会った瑠璃は、積極的だな」


「ヤ、ヤダ、私ったら!」


翡翠に言われ、顔を真っ赤にして離れた。


「翡翠、痛い所はない?もう、大丈夫なの?」


「あぁ、瑠璃が来てくれたから大丈夫だ。瑠璃が一緒に寝てくれたら

 もっと早く治りそうなんだが・・・」


「エッ!」


「おいで・・・」


翡翠に導かれるように、腕の中にくるまれた。


翡翠の腕の中はやっぱり暖かくて、安心できた。


「こうして瑠璃が俺の腕の中にいるだけで、俺は幸せだと思える。

 もう、離したくない。」


翡翠が私を包んでいた腕に力を込め、切なげに呟いた。


「私、翡翠に言わなければならない事があるの。」


「何?」


「私、翡翠の事が・・好きなの。

 だから、私の事を何とも思ってないのにないのに血を与えた責任感から

 一緒にいると言った翡翠の言葉が辛かった。

 だから、翡翠から離れたの・・」


とうとう言ってしまった・・・。


翡翠は私が言った事を聞いてどう思ったんだろう。


「そうか・・・。俺の伝え方が悪かったんだな・・・。

 俺は・・瑠璃の事が初めてあった時から好きになっていた。

 だから、一度離れたのに瑠璃に会いに戻ったし、生きて欲しくて血を与えた。

 血を与えれば瑠璃が妖狐になると知っていたが、同じ妖狐になれば俺から離れ

 られなくなると思ったんだ。

 だから、瑠璃を護るのも大事なのも、責任感からではなくて、瑠璃のことが

 好き・・・いや、愛してるからだ。」


「え、う、嘘・・。本当に・・・。」


「本当だ。瑠璃、愛してる。」


「私も、私も愛してる。」


嗚咽を漏らしながら、翡翠に抱き着いた。


翡翠も私をしっかりと抱きしめた。


お互いにすれ違っていた想いがやっと通じ合って、熱い抱擁を交わしていたが、

襖の向こうから鴇トキくんが食事を持ってきたことを伝えてきた。


「と、鴇くん、ちょっと待ってね。」


慌てて布団から飛び出ると、襖を開けた。


「鴇、瑠璃を連れてきてくれて、ありがとう。」


「え!翡翠様、意識が戻ったのですね。ケガの具合はいかがですか?」


「もう、大丈夫だと思うが、念の為、蘇芳スオウを呼んでくれないか」


「はい、分かりました。翡翠様の食事も直ぐお持ちします。」


それから直ぐに運ばれてきた食事を翡翠は残さず食べた。


こんなに食べれるんだから、調子もいいのだろう。


「翡翠が元気になって良かったぁ」


「瑠璃が側にいてくれれば、ずっと元気でいるさ」


「何、それ」


「本当のことだ」


そんな会話をしていると、鴇くんの声が襖の向こうからした。


「蘇芳様がお着きになりました。」


「通せ」


襖が開くと、がっしりした体格の白髪の人が立っていた。


歳の頃は40代位に見えた。


「牛鬼にやられたとか?」


「あぁ、ちょっと油断した」


「傷を見せてもらおうか」


「あぁ」


翡翠はそう言うと、着物を開け背中をこちらに向けた。


「ッッ!」


背中には大きな爪痕が右肩から左の腰にかけてついていた。


こんなに酷いケガだったの!?驚きで声も出なかった。


それと同時に翡翠が生きていて良かったと、改めて思った。


「これは爪に毒でも仕込んでいたか・・・」


蘇芳さんが、翡翠の傷に右手をかざすと青白い光がポッとともると

次の瞬間には痛々しかった爪痕の傷が綺麗に消えていた。


「す、凄い・・・」


「毒は抜いた、これでもう大丈夫だろう」


「助かった、礼を言うよ」


「ところで、こちらのお嬢さんは?」


「瑠璃、こっちにおいで。紹介する、瑠璃、俺の対だ」


「蘇芳さん、はじめまして。瑠璃です。」


「ほう、翡翠にもとうとう対ができたのか。

 護る物ができると、弱みにもなるが、それ以上に強くなれる。

 お互いを信じ合い、助け合い、お互いが唯一無二の存在になるよう精進しなさい」


「はい、蘇芳さんの言葉を胸に刻み精進します。」


「良い目だな・・・。では、私の用事は済んだようなので、これで失礼するよ。

 また、会おう。」


「はい、ありがとうございました。」


蘇芳さんは、そう言って帰って行った。


「なんか凄い人だったね。」


「蘇芳は妖狐族の影のドンって存在なんだ。俺の第二の父的存在だ。

 蘇芳に瑠璃を紹介できて良かったよ。」


「そんな大事な人に紹介してくれて、ありがとう」


「蘇芳のおかげで体も戻った、そして瑠璃とやっと想いが通じ合えた。

 もう、瑠璃を離す気はない。

 だから、考えたんだ、俺も人間界で瑠璃と一緒に暮らそうと思う」


「ええ!そんなことして大丈夫なの?」


「大丈夫だ、行き来もできるし、実は俺の両親は人間界で暮らしてるんだ。」


「そ、そうなの。」


「人間界で暮らす妖は意外と多いんだ。俺の親は普通に会社で仕事もしてるし、

 浅葱も毎日こっちと人間界を行き来してる。」


「そうだったの」


「瑠璃も学校があるし、俺もあっちで仕事するつもりだ。

 いろいろ準備もあるから、その間瑠璃には一旦あっちに戻ってもらっていつも

 通り生活して待っててくれるか」


「本当に来てくれる?」


「あぁ、週末には家に行くよ」


「分かった、私、待ってるね。」


それから、あの赤い鳥居の前に行き、しばしの別れを惜しみ抱き合った。


翡翠と鳥居で別れてからは、デュパンでのバイトと家の往復。


一人の家は淋しくて嫌だったのに、週末には翡翠に会えると思うと不思議と

淋しさは消えていた。


数日たち、今日は翡翠に会える週末、朝からソワソワして落ち着かない


デュパンでもマスターや常連の岩井さんに、


「今日のるーちゃんは、なんか落ち着きがないね」と言われてしまった。


平静を装っていても、バレバレらしい。


閉店の時間になると、急いで着替え「お疲れ様でした!」と足早にお店の外に出た。


駅の改札を抜け、公園への道を歩く。


もう直ぐ公園という所で、目の前に綺麗な花々があらわれた。


「お帰り」


「ひ、翡翠!」


それは、翡翠が手に持った、綺麗な花束だった。


「はい、瑠璃にプレゼント」


「あ、ありがとう!」


「一緒に帰ろうか」「うん」


手を繋ぎ、二人で帰る家までの道のりは普通の恋人同士みたいでくすぐったさ

を感じた。


家に帰ると、急いで夕飯の準備をして、テーブルで並んで食べた。


後片付けが終わり、リビングで寛ぐ翡翠の元に行くと、ギュッと抱きしめられる。


「あ~、ずっとこうしたかった。瑠璃といられるなんて幸せ。」


「私も・・・」


「瑠璃、お待たせ。いろいろ準備ができたから、明日、俺と一緒に行って欲しい

 所があるんだ。」


「どこ?」


「俺の両親に瑠璃を紹介する。」


「ハッ!嘘、ホントに!」


「嘘じゃない、紹介したら、俺と一緒に暮らさないか?」


「い、いいの?」


「うん、実はもう部屋も決めてある。後は、瑠璃が来るだけ」


「そうなの!?私は、もう翡翠と離れたくない、だから・・

 よろしくお願いします。」


「よしッ!瑠璃、信じてついてこいよ」


「うん!」


久しぶりの翡翠の腕の中、明日への期待と不安を抱きつつも心地よい

眠りの中に落ちて行った。


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