第7話 葛藤する想い

翡翠と同じ耳飾りが私の耳についている。


「翡翠と同じものをつけてもらっていいの?」


「瑠璃だからつけてもらいたいんだ。」


「あ、ありがとう・・」


嬉しいけど、そんな風に言われたら勘違いしてしまうよ・・・


「実は瑠璃にまだ言えてないことがあるんだ。」


「え、何・・・」


「前に、瑠璃がケガから目覚めた日の事を覚えているか?

 あの時、酷いケガのはずなのに何で3日で治ったのか聞いただろ。」


「うん、聞いた」


「あの時は言えなかったけど・・・俺がケガした時、酷いケガだったのに次の日

 には治っていたのを覚えているか?」


「うん、あの時なんとなく不思議に思っていたの」


「俺には治癒能力が備わっている。

 だから治りが以上に早いんだ。

 瑠璃がケガした時、俺は瑠璃を失いたくなくて咄嗟に俺の血を瑠璃に与えたんだ。

 そのおかげで瑠璃のケガも数日で回復したんだが・・」


「そうだったんだ・・ありがとう」


「でも、俺の血にはもう一つ重大な作用がある。」


「もう、何なの。もったいぶらないで教えて」


「妖狐になる。」


「え!?」


「俺の血を与えられたものは、妖狐、妖になってしまうんだ」


翡翠の言った言葉が頭の中をぐるぐる回っている。


私が妖狐になるの?


人間じゃなくなる!?


「私は、もう人間じゃないの?」


「いや、まだ完全に妖狐になったわけじゃないんだ。

 完全な妖狐になるにはもう一つしなければいけない事がある。

 でも、徐々に体は変化してきているはずなんだ」


「そうなんだ・・・」


「瑠璃の意思も確認しないまま、こんな重大なことをしてしまってすまないと

 思っている。でも、分かってほしい、俺は瑠璃を失いたくなかったんだ。

 だから、俺が一生瑠璃を護ると誓う。この耳飾りはその証だ」


翡翠の言葉は私に大きな衝撃を与えた


翡翠は、私を妖狐にしてしまったから大事にしてくれていたの・・・


この翡翠とお揃いの耳飾りも、責任を取る証明としてだったの・・・


なんで、こんなに翡翠の言葉にショックを受けているんだろう・・・


あぁ、そうか・・・



“私は翡翠のことが好きなんだ”



「いろんな事を知ったし、祭りの疲れもあるだろうから、今日はもう寝ようか。」


翡翠は、私が黙り込む様子を見て、知らないうちに妖狐にされてしまったことで

ショックを受けているのだと思っているのだろう。


正直、妖狐になることに驚きは隠せないが、翡翠と同じ妖狐になるのなら、翡翠と

一緒に居られるのなら・・・


そんなことは、どうでも良かった。


ただ、翡翠の私に向ける優しさが、大事だと言ってくれたその言葉が、ただの

責任感、いや罪滅ぼしのような気持ちからだったのが堪らなくショックだった。


気持ちがどこか定まらないようにボーっとする私を、翡翠はその腕の中に包み込み

眠ってしまった。


いつもは幸せを感じていた腕の中も、今日は胸の中に苦しみを募らせるだけだった。


あまり眠れないままに朝を迎えた。


珊瑚さんが女同士でゆっくりしましょうと、お茶を淹れてくれ二人で話す時間

がもてた。


正直、翡翠と二人きりでいるのが辛かったというのもあった。


「瑠璃様、今日は少し元気がないですね。」


「そ、そうですか?」


「はい、翡翠様も何か考え込んでいるご様子ですし・・・。」


「・・・・・。」


「瑠璃様には、感謝しているんですよ。」


「なんでですか?私、迷惑をかけることはあったかもしれないけど、感謝される

 覚えはないんですが・・・」


珊瑚さんの言葉に頭を捻る。


「翡翠様は瑠璃様と会われるまでは、何事もそつなくこなし若頭領としては申し分

 なく過ごしてこられていましたが、いつも遠い目をして自分の感情を出すことが

 なかったんです。

 でも、瑠璃様と出会われてからはいきいきしている様に感じます。

 何より、幸せそうです。」


「そうでしょうか?」


「はい、これは私達家族3人が思っていることなので、間違いないです。」


珊瑚さんは、そう断言した。


責任感や罪悪感から私と一緒にいるというのに、幸せそうなんて


そんなこと・・あるはずないのに・・・。


珊瑚さんの言葉は、私をより一層悩ませるものとなってしまった。


その後は、もっと翡翠を喜ばせようという珊瑚さんにのせられお化粧の練習や

男心の掴み方なるものを延々と聞かせられたのだった。


おかげで、沈んでいた気持ちも少し軽くなったように感じた。



それからの数日は、翡翠も仕事があるらしく、日中は珊瑚さんや鴇君と出掛けたり

お茶会をし、夜は翡翠とまったりして過ごしていつもの様に一緒に眠る日々を送った。



そんな中私は、人間界での休日が明日で終わってしまうことを思い出した。


ここでの生活は楽しいが、今は翡翠の側にいることが辛かった。


一緒にいたいのに、翡翠を縛り付けているようで堪らなかった。


だから・・・・。


その日の夜、いつもの様に縁側にいる翡翠に自分の思っていることを告げようと

翡翠の隣に座った。


「ねえ、翡翠。私・・・人間界に明日帰ろうと思うの」


「ハッ!なんで・・ここの生活は嫌か?」


「嫌ではないけど・・・人間界の休日も明日で終わってしまうし、あっちでの

 生活もあるから・・・」


「なぁ、ずっとここで一緒に暮らせないか?

 前に言ったように、俺が瑠璃を一生護るから・・・。」


翡翠の言葉が私の心を締め付ける


「翡翠、あなたが罪悪感を感じる必要はないよ。

 責任感だけで一緒にいたら、翡翠は苦しくなるよ。

 私の事は大丈夫だから、心配しないで。

 今までありがとう。

 翡翠に会えて本当に良かったと思ってる。

 だから、私を元の世界に戻してください。」


翡翠は何か言いたそうにしていたが、私の頑なな態度に口を噤んで悲しそうな

顔をした。


なんで、そんな悲しそうな顔をするの?


あなたは私から解放されるのに・・・。


「瑠璃の気持ちは分かった。

 明日、元の世界に戻れるようにしよう。」


「私の我儘を聞いてくれてありがとう。」


「いや、我儘じゃないさ。

 元はといえば、俺が勝手にこっちに連れてきたんだから。

 瑠璃は、元の生活に戻るだけだ。

 こっちこそ、俺の我儘に付き合わせて悪かった。

 今日はもう寝よう。」


そう言って私をいつもの様に自分の腕の中に包みこんだ


いつもはふんわりと包み込んでいるのに、今は苦しくなるくらいギュッと

抱きしめられていた。


まるで、離さないと言われているように・・・。





別れの朝がきた


いつものように朝食をとりながら、今日元の世界に戻ることを皆に伝えると、

引き留められた。


珊瑚さんは、泣いてしまった。


「いつかここに瑠璃様が戻って来て下さるのを待っていますから。

 先ずは、お元気で!」


「はい、皆さんもお元気でいてください。さようなら。」



皆との別れを交わし、今私はあの赤い鳥居の前にいた


「瑠璃、俺は・・「じゃあ、帰るね!さようなら!」」


翡翠が言うのを遮って声を掛けた。


私は、後ろも振り返らずに鳥居をくぐったのだった。


目を開けると、あの公園の楓の木の所に立っていた。


「戻って来ちゃった・・・・。」


公園から家までとぼとぼと歩いた。


家の中に入ると、何も変わらない静かな家。


さっきまでの生活が幻のようだった。


「また、一人になっちゃった・・・。」



どのくらいたったのだろう・・・。


どうやら戻ってきてから、床に座り込んでいたらしい。


元の世界に戻りたいと言ったのは、私だ。


翡翠の側を離れると決めたのも私・・・。


「もう、クヨクヨしないの!」


翡翠とのことは夢だったんだ、忘れよう。



私は、自分の気持ちに蓋をした。


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